親の介護
新しい動画を公開しました。今回のテーマは「介護」です。
このブログではいつも、生き方のことや、自分自身との向き合い方について書くことが多いんですけど、今日はほんの少しだけ踏み込んで、「親の介護」というところに触れてみようと思ったんです。
私自身が通ってきたものも、少しだけ重ねながら。
介護って、外から見ると「親を大切にする、いい話」として語られがちなんじゃないかなと思うんです。
よくがんばってるね、えらいね、と。
でも、実際にその渦中にいる人が、いちばん誰にも言えなくて、いちばん奥のほうで苦しんでいるのは、たぶんこういう気持ちなんじゃないかなって思うんです。
本当は、優しくしたいんです。
ちゃんと大切に想いたい。
感謝の気持ちで向き合いたい。
頭では、そう思っているんですよね。
なのに、いざその人の前に立つと、疲れや苛立ちや、ずっと昔にしまい込んだはずの記憶のほうが、先に顔を出してしまう。
言葉がとげとげしくなって、あとから「どうしてあんな言い方をしたんだろう」と落ち込む。
その繰り返しのなかで、いつのまにか、自分のことを「冷たい人間なんじゃないか」って責めはじめてしまうんじゃないでしょうか。
これって、二重に苦しいんですよね。
介護そのものの大変さがあって、そのうえに、「愛せない自分」を責めるという、もうひとつの重さがのしかかってくる。
私は長いあいだ、人との距離感というものを見つめてきました。
近づきすぎてウザい、遠すぎてさみしい。
とくに親子
なかでも母と娘のあいだには、その距離のねじれが、そのまま残っていることが多いんじゃないかなと思うんです。
かつて近すぎたぶんだけ、あるいは遠すぎたぶんだけ、いま、その人の身体と暮らしを自分の手で抱えることになったとき、昔の感情がまるごとよみがえってくる。
愛したいのに愛せないのは、あなたが薄情だからじゃなくて、その関係が、それだけ長く、複雑なものだったからなんじゃないかなと思うんです。
そしてもうひとつ。そんなふうにへとへとになりながらも、心のどこかで、私たちは「ありがとう」を待っていたりするんですよね。
わかってほしい。
この大変さを、せめて認めてほしい。
でも、介護の場面では、それがきれいに返ってこないことのほうが多い。
返ってこないどころか、責められることさえある。
そのたびに、また少し、心が削れていく。
動画のなかでもお話ししたんですけど、その「承認を待つ気持ち」を、介護からほんの少しだけ切り離せたとき
初めて、ほんの少しだけ、息ができるようになるんじゃないかなと思うんです。
愛せなくてもいい。
迷っていい。
うまくできない自分を、そのまま置いておいていい。
正解のない問いに、こうして誠実に向き合っているというだけで、もう十分すぎるくらいなんじゃないでしょうか。
介護に限らず、身近な誰かとのあいだで、
「感謝されたい」
「わかってほしい」
という気持ちを、たったひとつだけ手放してみたら
あなたの心の軽さは、少しだけ変わるのかもしれないですね。
背負っているその見えない重い荷物を下ろす鍵は、案外、そんなところにあるのかもしれないなと思うんです。
よかったら、動画のほうも観てみてくださいね。
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