思い通りにならない子どもたち
「反抗」という名のSOSを解読し、親子の力みを解くためのレンズこんにちは、三好成子です。
今日は、「反抗する子ども」の話をしてみたいと思います。
でも、最初にお伝えしたいのは、これは“悪い子どもをどう矯正するか”という話ではない、ということなんですね。
親が不安になること。子どもが強く反発すること。 その奥には、お互いの「わかってほしい」が隠れていることが、とても多いんです。
はみ出していく不安
親って、本当は自由に育ってほしいと思っているんですよね。
幸せになってほしい。苦労しないでほしい。ちゃんと自分らしく生きてほしい。
けれど、子どもが自分の想像していた道から外れていくと、だんだん不安が出てくることがあります。
「このままで大丈夫なんだろうか」
「私の育て方が間違っていたんじゃないだろうか」
そうすると、最初は“願い”だったものが、いつのまにか“枠”になっていくんですね。
親自身も気づかないまま、「ここにいてほしい」というラインを作り始める。
すれ違いの正体
ここで起きていることは、実は“どちらが悪いか”ではないことが多いんです。
親は、管理や干渉をしているつもりではなく、「心配している」んですよね。
でも子どもからすると、それが「否定されている」に見えることがあります。
一方で子どもは、派手な格好をしたり、反発したり、過激なことを言ったりする。
でもその奥には、「今の私を認めてほしい」という願いがあることも多いんです。
なぜ行動は「過剰」になるのか
子どもって、最初から反抗したいわけではないのかもしれません。
本当は、「これが私なんだよ」「見てほしい」という、小さなサインだったりするんですね。
でも、その声が届かない。
親の不安というフィルターに引っかかって、否定される。
すると、もっと大きな音を出さないと届かなくなるんです。
だから行動が“過剰”になっていく。
これは反抗というより、“届かない呼びかけ”なのかもしれません。
反抗のボリュームダイヤル
普通に話して伝わるなら、人はそこまで大きな行動をしなくていいんです。
でも、何度も何度も届かない感覚が続くと、ボリュームを上げるしかなくなる。
ピアスの数が増える。髪色が派手になる。言葉がきつくなる。態度が極端になる。
それは“悪化”というより、「もっと見て」の音量調整のようなものかもしれません。
もちろん、親からすると怖いんです。だからさらに止めたくなる。
でもその瞬間、子ども側は「やっぱり届かない」と感じてしまうことがあるんですね。
鼻と唇のピアスの例
たとえば、鼻や唇にピアスをする子どもを見たとき、親の目にはこう映るかもしれません。
「痛そう」
「就職のときに困るんじゃないか」
「どうしてわざわざそんなことをするの」
でも本人の中では、まったく違う理由であることもあります。
たとえば、
鼻がコンプレックスで鏡を見るのも嫌だった子が、
ピアスをつけたことで初めて
「自分をかわいいと思えた」
ということもあるんですね。
親は“問題”を見ている。
子どもは“自分を肯定するための道具”として見ている。
ここが、大きくずれてしまうんです。(我が家の事です
)
誰の目で見ているのか
私たちは知らないうちに、“世間の目”を自分の中に取り込んでしまうことがあります。
「人からどう見られるか」 「普通はどうなのか」 「恥ずかしくないか」
そのフィルター越しに子どもを見ると、子ども自身が見えなくなることがあります。
でも、「この子は本当は何を感じているんだろう」という“私の目”に戻っていくと、見え方が変わり始めます。
同じ行動でも、意味が変わって見えてくるんですね。
枠をゆるめたとき、力みが消える
面白いことに、親が“世間の目”を少し手放すと、子どものほうが落ち着き始めることがあります。
なぜなら、子どもは
「あっと言わせなきゃ」
「もっと強く主張しなきゃ」
をやめられるからなんですね。
子どもって、ずっと戦いたいわけではないのだと思います。
認められない苦しさの中で、戦わざるを得なくなっていることがある。
なぜ、親から手を伸ばすのか
ここは、とても大事なところです。
子どもにとって親は、最初に“世界”を教えてくれた存在なんですね。
だから、親に否定されるというのは、自分の土台そのものが揺れる感覚になりやすいんです。
一方で親は、もう大人です。もちろん傷つくし、苦しいこともあります。
でも、先に動ける“余白”を持っている側でもある。
だからこれは、「親が我慢しなさい」という話ではありません。
順番の問題なんですね。
ぶつかり合いの奥にあるもの
親は、認めたい。 でも不安。
子どもは、ただ認めてほしい。
実はこの二つは、形を変えて隠れている、同じ願いなのかもしれません。
だから本当に見なければいけないのは、表面の行動だけではなく、その奥にある願いなんですね。
そこに焦点が戻ったとき、親子の空気は少しずつ変わり始めるのだと思います。
「間違い」ではなく「違い」
親の見ている世界。 子どもの見ている世界。
それは、どちらかが間違っているというより、“違う場所から見ている”だけなのかもしれません。
でも私たちは、不安になると、その違いを“間違い”として直そうとしてしまいます。
すると、戦いになる。
だけど、「違うんだね」として見直せたとき、空気が少しやわらかくなることがあります。
鎧を下ろし、レンズを外す
もし子どもが、自分の嫌がることばかりしているように見えるなら。
もし子ども自身も、そんな自分を嫌いになりそうなくらい苦しんでいるなら。
必要なのは、もっと強く押さえ込むことではなく、“見直すこと”なのかもしれません。
「あなたの目」で、もう一度見つめ直してみる。
世間のレンズを少し外して、不安という鎧を少しゆるめてみる。
すると、今まで“反抗”に見えていたものが、「わかってほしかった」という声に変わって見えてくることがあります。
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