心理学とカウンセリングの振り返り
カウンセリングで起きている事を解説してみます
今日は、ある親子の相談から、カウンセリングで起きていることを心理学の言葉で振り返ってみることにしました。
親子関係の相談を受けたとしましょう。私の頭の中、心の中では、そのとき何が起きていたのかを、ひとつひとつ言葉にして振り返ってみようと思います。
そこで何が起きていたのかを心理学の言葉でひとつずつ解説してみようと思います。
専門用語が出てきますが、難しい定義ではなく、「相談のどの場面のことなのか」とセットで読んでいただけたらと思います。

まず、どんな相談だったか
娘さんを持つお母さまが、娘さんとの関係について相談に来られました。娘さんは、ある時期に学校へ行きにくくなったことがあって、その後しばらくして、感情をぶつけるタイプから、むしろ呑み込んで「何も言わない」タイプへと変わっていったそうです。
最近になって、娘さんから「本当に愛されている感じがしない」と言われ、お母さんはどうしたらいいのか分からなくなっていました。
お母さんには、ずっと心に引っかかっていることがありました。
娘さんが小さかった頃、祖父母にとても可愛がられていて、自分はその子を「奪われた」ような感覚を持っていたこと。
そして当時、自分のなかに、自分でもよく分からない怒りや寂しさがあったこと。
そういう昔の記憶が、今の関係にずっと尾を引いている…そんなお話でした。
このお母さんは、娘さんが辛そうな話をすると、つい「こうした方がいいよ」と正論を返してしまうと、それはご自分でも理解している様子でした。
よかれと思って、なんとかしてあげたくて、動いてしまう。
でも、それがどうもうまくいかない。
そういう状態でした。
ここから、相談のなかで実際に起きていたことを、心理学の言葉で見ていきます。
リフレーミング ―同じ言葉を、別の枠で見直す
娘さんは、お母さんに「どうせあなたには分からないでしょ」というような、突き放す言い方をすることがありました。字面だけ見れば、これは拒絶です。
でも、相談のなかで私はこれを
「受け止めてほしいけれど、期待して裏切られると傷つくのが怖いから、先回りして突き放しているんじゃないかな」
と読み替えてお返ししました。
これがリフレーミング、日本語でいう「認知の言い換え」です。
出来事はひとつでも、どの枠(フレーム)で見るかによって、意味がまるごと変わります。
「拒絶」という枠から「傷つくのが怖い人の防御」という枠に掛け替えると、同じ言葉なのに、向き合い方がまったく変わってきます。
「言葉どおりに受け取らない」
それがリフレーミングです。
ニーズの翻訳 ―言葉の奥にある「本当に満たされたいこと」
これはリフレーミングと近いのですが、もう少し踏み込んだ見方です。人の言葉や態度は、表面に出ている「要求」で、その奥には、本当に満たされたい「ニーズ」がある、という考え方があります。
非暴力コミュニケーション(NVC)というアプローチが、とくに大事にしている視点です。
娘さんの「私もしんどい」「お母さんは私を見ていない」という言葉は、表に出ている要求です。
でも、その奥にあるニーズはおそらく、「ただ、自分の感情を見てほしい」。
ここがこの相談の背骨でした。
お母さんは「どうしたらいいんだろう」と、要求のほうに応えようとして対処に動く。
でも娘さんが求めていたのは、対処ではなく、「分かってもらうこと」だった。
要求とニーズを分けて、ニーズのほうに応える…そこがすれ違いの正体だったんです。
愛着とプロテスト行動 ― 突き放す態度が、実は「近づきたい」だったとき
人は、安心してよりかかれる相手~心理学では「安全基地」と呼びます~を必要とする、という考え方があります。これが愛着理論です。
子どもは、その安全基地が揺らぐと感じたとき、泣いたり怒ったり、ときには突き放したりして、相手の関心を引こうとします。
これをプロテスト行動といいます。
一見すると「離れていきたい」ように見える態度が、実は「もっと近づきたい、つながりを確かめたい」という訴えだった、という逆転がポイントです。
この相談で、私は「娘さんが、お母さんにだけネガティブな部分を見せるのは、見限っていないからこそだと思う」とお伝えしました。
本当に相手を見捨てようと思っているなら、人は弱さなんて見せません。
突き放す言葉を、つながりを求めるサインとして読む。
これが愛着の視点です。
多世代理論と「分化」 ―問題は、一代では完結しない
家族の問題は、その人ひとりの世代では完結せず、親や祖父母の世代から連鎖して受け継がれていく、という見方があります。家族療法の多世代理論と呼ばれるものです。
この相談でも、お母さん自身が早くに自分の母親を亡くしていて、「母親というモデル」を持てなかったことが見えてきました。
それが、娘さんが小さかった頃に祖父母へ「口出しできなかった」ことにつながり、さらに今の親子関係に流れ込んでいる。
こうした縦のつながりを扱うのが、多世代理論です。
そのなかで「分化」という言葉があります。
これは、自分の感情と相手の感情を、きちんと分けて持てている状態のことです。
分化が低いと、相手の感情に巻き込まれて、自分の感情との区別がつかなくなってしまいます。
癒着(融合) ― 罪悪感が、接着剤になる
いまの「分化」のちょうど裏返しが、癒着(融合)です。自分と相手の境界が溶けて、一体化してしまった状態を指します。
この相談のお母さんは、娘さんの辛さが、そのまま自分の辛さになってしまっていました。
娘が苦しそうにしていると、自分も苦しくて、なんとかしないではいられない。
まるで一心同体のように。
なぜ、そんなふうにくっついてしまうのか。
私はそのとき、「罪悪感が接着剤になってくっつくんですよ」とお話ししました。
子どもへの罪悪感が強い人ほど、離れられず、くっついてしまう。
罪悪感が、融合をつくる接着剤になっているんですね。
親役割の逆転(ペアレンティフィケーション) ―子どもが、親の心の世話をする
本来は、親が子どもをケアする側です。ところが、それが逆転して、子どものほうが親の感情の世話をしてしまうことがあります。
これを親役割の逆転といいます。
この相談の娘さんは、まさにそうでした。
お母さんが心身ともに弱っていた時期、娘さんは心配で学校を休んで、そばにいてくれたことがあったそうです。
長いあいだ、娘さんは「お母さんのお母さん役」をしてきたんですね。
子どもが、早くから人の感情を読む力を育てるのは、この役割を負ってきたことの裏返しでもあります。
私はお母さんに、「娘さんが人の感情を見るのが得意なのは才能だと思う。
でも、その娘さんの感情を見てくれる人が、これまでいなかったんじゃないかな」とお伝えしました。
この役割には、光と影の両方があるんです。
来談者中心療法 ―「動かないでほしい」が、いちばん効くとき
カウンセリングのいちばん基本的な土台に、来談者中心療法という考え方があります。心理学者のロジャーズが大事にしたもので、助言や解決策よりも、相手をそのまま理解し、評価せずに受け止めることが、人を動かす…という原則です。
実は、これが私が一番大切にしている事なのです。
そこでは、「共感的理解(相手の世界を、その人の側から感じ取ろうとすること)」と、「無条件の肯定的関心(条件をつけずに、その人を尊重すること)」が、とても大切にされます。
この相談で、私が繰り返しお母さんにお返ししていたのは、「動かないでほしい」「ただ横にいてほしいんだと思う」ということでした。
なんとかしようと動くこと自体が、娘さんの「ただ分かってほしい」とすれ違ってしまう。
問題を解決するより、ただそばにいて分かることそれがいちばん効く場面があるんです。
逆転移 ― 援助する側の不安が、行動を動かしているとき
これはもともと精神分析の言葉で、援助する側の感情が、目の前の相手に対して動いてしまうことを指します。この相談で、お母さんは「早く解決して、自分がすっきりしたい。この苦しさから解放されたい」
という気持ちを、正直に認めてくださいました。
娘さんのために動いているつもりが、実はお母さん自身の不安が
「なんとかしたい」
を駆り立てていた、という気づきです。
誰にでも起こることです。
むしろ、それに気づけることのほうが大事なんですね。
自己開示 ―「あなただけではない」
援助する側が、自分の経験や気持ちを、意図して相手に伝えることを、自己開示といいます。この相談で、私は「私も通ってきた道だと思う」「私も、当時はそれが読めなかった」というふうに、自分の経験を少しだけお話ししました。
自己開示は、使いすぎると相手の話を奪ってしまいます。
でも、相手が孤立感を抱えているときに、「あなただけではないんですよ」と短く伝える目的に絞ると、相手の緊張をほどく方向に効きます。
解決志向アプローチと「例外探し」 ― うまくいっている場面を、別の場所に移す
問題そのものを深く掘り下げるより、「うまくいっている時・例外的にできている場面」を見つけて、その成功の仕組みを別の場面に移していく、という考え方があります。
解決志向アプローチと呼ばれるもので、その中心が「例外探し」です。
この相談では、お母さんが職場で、上司から「細かいいざこざや文句があっても、トータルで見れば本当に必要な人だ」と認められている、というお話が出てきました。
これは、すでにうまくいっている関係です。
私はそこに注目して、「その『トータルで見て大切に思う目』で、今度は娘さんを見る練習をしていったらどうでしょう」とお伝えしました。
すでにできている場面を見つけて、それを苦手な場面に移す…これが例外探しです。
選択的注意 ―強い感情が、見えるものを選んでしまう
人は、見るものを無意識に取捨選択しています。とくに、いま強い感情があると、それに合う情報ばかりが目に入りやすくなる。
これを選択的注意、認知のフィルターといいます。
この相談のお母さんは、罪悪感や「自分には価値がない」という感覚がフィルターになって、「周りが自分を大切に思っている目」が見えなくなっていました。
上司に必要とされていても、それが入ってこない。
でも、フィルターを掛け替えれば、同じ現実から見えるものが変わります。
起きていることは同じでも、見方が変われば、まるで違って見えてくる。
これは、心の回復のなかでとても大きな転換点になります。
シェイム(羞恥) ―「存在そのものがダメ」という、深い感覚
罪悪感が「悪いことをしてしまった」という、行為に向かう感覚なのに対して、シェイム(羞恥)は「自分という存在そのものがダメだ」という、もっと深く根を張る感覚です。
この相談で、お母さんは「最低のことかもしれないけれど」と前置きして、当時の本音をぽつりと話してくださった場面がありました。
あそこで触れていたのが、このシェイムです。
シェイムは、評価された瞬間に、固く閉じてしまいます。
だから、そこを評価せずに、ただそのまま受け取れることが、とっても大切なのです。
共感疲労とバウンダリー(境界) ―長く支え続けるために
最後に、これは相談者だけでなく、支える側にも関わることです。人の辛さに寄り添い続けることで、援助する側がすり減っていくことを、共感疲労といいます。
そして、自分と相手のあいだの境界線を、バウンダリーといいます。
さきほどの「癒着・分化」を、今度は支える側が自分を守るために使う言葉だと思ってください。
この相談のお母さんが、娘さんと一心同体になって消耗していたように、支える人自身も、巻き込まれすぎると続けられなくなってしまいます。
境界を保つというのは、冷たくなることではありません。長く、誰かを支え続けていくための前提なんですね。
おわりに
こうして並べてみると、ひとつの相談のなかで、これだけたくさんの視点が、自然に重なって動いていたことが分かります。私自身は、これらの理論を頭で組み立ててやっていたわけではありません。
目の前の方とのやり取りのなかで、ほとんど無意識に手が動いていた。
それに後から名前がついていた、という感覚です。
だから、ここに挙げた言葉は、すでに体でやっていることに、後から取っ手つけたようなものだと思っています。
意識しすぎると、かえって自然な流れを邪魔してしまいます。
でも、「あれはこういうことだったのか」と振り返ることは、次に似たご相談を受けたときに、自分が何をしているのかを少し見渡せるようにしてくれます。
心理学や、カウンセリングに興味のある方に、お役に立てればと思って
まとめてみました。
私もまだまだ未熟ですので、たまにはこうして振り返ってみるのも良いかな?と思って書いてみました。
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