自己肯定と自己受容は、似ているようでまったく違うもの
「自分を認めることが大切ですよ」とか「ありのままの自分でいいんですよ」とか、心理学の本やSNSでよく目にする言葉だと思うんです。私もカウンセリングの中でお伝えすることがあります。
ただ、この「自分を認める」という言葉、実はとても奥が深くて、似ているように見えて全然違う二つの概念が混ざっていることが多いんですよね。
それが「自己肯定」と「自己受容」なんです。
この二つの違いを知っておくと、自分を認められない苦しさから抜け出すヒントになるんじゃないかなと思うので、お話ししてみたいんです。
自己肯定とは、できている自分を認めること
自己肯定というのは、簡単に言うと「自分のよさを認める」ということなんですね。
仕事で成果を出せた。
誰かに優しくできた。
今日も家事をやり切った。
子育てを頑張った。
資格を取った。
ちゃんと早起きできた
そんなふうに、自分の「できていること」「価値があると思える部分」を見つけて、それを認めて自分を励ます。これが自己肯定の基本的なかたちです。
自己肯定感が高い人というのは、自分の良い面に目を向けるのが上手な人だと言えるかもしれません。
それ自体はとても大切なことで、自己肯定感が育っていると、人生にチャレンジしたり、人と関わったりするエネルギーが湧いてきます。
ただ、ここに一つ落とし穴があるんです。
自己肯定は「できている自分」を前提にしているので、できていない時にはとても苦しくなるんですよね。
失敗した日。
情けない自分が顔を出した日。
誰かに迷惑をかけてしまった日。
何もできなかった日。
そんな日には、「肯定する材料」が見つからなくて、急に自分の価値が下がったように感じてしまう。
「今日は何もできなかった私には、価値がない」
「ちゃんとしていない私は、認められない」
そんな声が、心の中で響いてしまうんです。
自己肯定だけを頼りに生きていると、人生は「自分を肯定できる条件をクリアし続けるレース」になってしまうんですよね。とても疲れるレースだと思うんです。
自己受容とは、できない自分も含めて受け止めること
一方で、自己受容というのは少し違うものなんです。
自己受容は「できる自分も、できない自分も、ぜんぶひっくるめて、これが私だと受け止める」という感覚なんですね。条件をつけないで自分を認めるということです。
うまくいった日の自分も、うまくいかなかった日の自分も。
誰かに優しくできた自分も、イライラして冷たくしてしまった自分も。
頑張れた自分も、何もできずに横になっていた自分も。
そのどれもが、今この瞬間の私である
という事実を、否定せずに受け止める。これが自己受容なんです。
ここで大事なのは、「受容」は「肯定」とは違うということなんですよね。
「これでいいんだ」と無理にポジティブに変換することではないんです。
「今日はダメだったな。
情けないな」と感じている自分を、「ダメだなんて思っちゃいけない」と否定するのでもないんです。
ただ、「ああ、今日はそういう日だったんだな」「そう感じている私が、今ここにいるんだな」と、その事実をそのまま受け取る。
評価せず、ジャッジせず、ただ「いる」ことを認める。
それが自己受容の感覚だと思うんです。
なぜ自己受容のほうが土台になるのか
自己肯定よりも自己受容のほうが、人の心の土台として深いところにあると、私は感じているんですね。
なぜかというと、自己肯定は「できている」という条件に支えられているので、条件が崩れた時に一緒に崩れてしまうように思います。
でも自己受容は条件に支えられていないので、できてもできなくても揺らがない。
何があっても「私はここにいる」という感覚が残るんです。
これって、安心感の質がまったく違うんですよね。
自己肯定だけで生きている人は、いつも「価値ある自分でいなきゃ」というプレッシャーを抱えているんじゃないでしょうか。
一方で、自己受容が育っている人は、「価値があってもなくても、私はここにいていい」という根っこの安心感の上に立っている。
その安心感の上に、自己肯定が乗っかっている。
これが本当は健康な構造な気がしてならないんですよ。
土台が自己受容で、その上に自己肯定が花のように咲いている、というイメージでしょうか。
でも、自己受容って本当に難しい
ここまで書いてきて、思うんです。
自己受容って、言葉にすると簡単そうに聞こえるけれど、実際にやろうとするとものすごく難しいんですよね。
私たちは小さい頃から「できる子はえらい」「いい子でいなさい」「ちゃんとしなさい」という条件付きの愛情の中で育ってきていることが多いんです。
だから「できなくても私は私」という感覚を持つこと自体が、すごく不慣れなんですよね。
何もしていない自分、ダメな自分、情けない自分
そういう自分を見つめる時、私たちはほとんど自動的に「こんな自分じゃダメだ」というジャッジを始めてしまいそうですよね…。
自己受容を育てるというのは、その自動的なジャッジを少しずつ手放していく作業なんだと思います。
一気にはできないんですよね。
「ああ、また自分をジャッジしてた」と気づくところから始まって、少しずつ、少しずつ、「ジャッジしている自分も、まあ、いるよね」と受け止められるようになっていく。
その積み重ねの先に、「できるできないに関係なく、ここにいていい」と思える感覚が、少しずつ育ってくるんじゃないかなと思うんです。
「ここにいていい」と思える日を増やしていく
私自身も、毎日自己受容ができているわけではないんです。
情けない日もあるし、自分を責めてしまう日もあります。
カウンセラーをやっていても、そういうものなんですよね。
ただ、「あ、今日は自分を受け入れられていないな」と気づけるようになると、その気づき自体が、自己受容のはじまりだったりするんです。
「受け入れられていない自分を、責めずに見つめる」ということ自体が、すでに一段深い受容になっているんですよね。
そう考えると、自己受容って、完成形があるものじゃなくて、生きているあいだずっと育てていくものなのかもしれません。
うまくいかない日があっても、情けなと感じる日があっても、それでも「ここにいていい」と思える瞬間を、少しずつ増やしていく。
そんな歩みを、自分のペースで続けていけたらいいんじゃないかなと思うんです。
🌿 ももとのお散歩動画でも、つぶやいています
今日のテーマを、ももとのお散歩の途中でショート動画にも残しました。歩きながらつぶやいたので、本当にさらっと触れているだけなんですけど、よかったら覗いてみてくださいね。
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