「拒絶された」
私たちは子どもの頃、親に嫌われないように、拒絶されないように、一生懸命に空気を読んで生きていますよね。
親の顔色を見たり、怒らせないようにしたり、
「いい子」でいようと頑張ったり。
それって、子どもなりの“生きるための知恵”だったんだと思うんです。
だって、小さな子どもにとって親とのつながりって、生きることそのものですから。
だからこそ、ほんの小さな出来事でも、
子どもの心には大きな意味として残ることがあります。
この前、ショート動画を出したんですね。
講座中に、うちの愛犬モモちゃんが「遊んで!」って飛びかかってきた動画です。
ちょうど講座の途中だったので、私は、
「モモちゃん、今はあっち行っときなさいね」
って言わざるを得なかったんです。
もちろん、嫌いだからでも、邪魔だからでもないんですよ。
ただ、その時間は講座を続けなきゃいけなかった。
受講してくださっている方もいるし、仕事として、その場を進めていく必要があったんですね。
だから、大人の事情としては、とても普通のことなんです。
でも、モモちゃんからしたらどうでしょう。
「遊んでほしかったのに」
「来ちゃダメって言われた」
「拒絶された」
そんなふうに感じても不思議じゃないんですよね。
実際、そのあとモモちゃん、しゅんとして、ちょっといじけたみたいになっていたんです。
それを見ながら、私は「ごめんね」って思いながらも、講座は続けなきゃいけませんでした。
子どもの頃の私たちにも、似たことがあるのかもしれません
これって、私たち人間にも、すごく似たことがあるんじゃないかなと思うんです。
幼い頃、
親に甘えたかった。
話を聞いてほしかった。
遊んでほしかった。
抱きしめてほしかった。
でも、そのタイミングで親に余裕がなかった。
仕事で疲れていたのかもしれない。
夫婦関係でいっぱいいっぱいだったのかもしれない。
家計の不安があったのかもしれない。
あるいは、その親自身が、誰にも甘えられずに育ってきた人だったのかもしれません。
でも子どもには、そんな“大人の事情”なんてわからないんですよね。
ただ、
「今、来ないで」
「あとにして」
「うるさい」
「忙しいの」
そう言われた記憶だけが残る。
そして子どもは、そこから意味を作るんです。
「私は邪魔なんだ」
「私は嫌われているんだ」
「甘えてはいけないんだ」
「私は我慢しなきゃいけないんだ」
って。
それは本当に、拒絶だったのでしょうか
本当は、拒絶ではなかったのかもしれない。
ただ、その瞬間、親に“余裕がなかった”だけかもしれない。
でも子どもの私たちは、それを“愛されていない”という意味で受け取ってしまうことがあるんですよね。
そして、その解釈を握ったまま大人になる。
すると、
頼るのが怖い。
甘えるのが怖い。
断られる前に引いてしまう。
「迷惑をかけちゃいけない」が口癖になる。
そんなふうに、幼い頃の“誤解”が、人生のパターンになっていくことがあります。
もちろん、本当に傷つくような関わりを受けた人もいます。
だから全部を「誤解でした」で済ませたいわけじゃないんです。
ただ、私たちが今も握りしめている傷の中には、
「拒絶された」のではなく、
「あの時、相手にも事情があった」
そんなふうに、少し違う角度から見直せる記憶もあるのかもしれないんですよね。
関係は、すれ違ったあとにも戻ってこられる
モモちゃんは、きっとあの瞬間、悲しかったと思うんです。
でも講座が終わったあと、私はちゃんと「ありがとうね」って撫でました。
そしてモモちゃんも、また普通に甘えてきました。
関係って、
“ずっと完璧に応え続けること”じゃなくて、
すれ違ったあとに、また戻ってこられることなのかもしれませんね。
幼い頃の私たちは、その「戻ってこられる」という経験が少なかったのかもしれません。
だから今も、一回離れただけで、
「もう嫌われた」
「もう終わりだ」
って怖くなる。
でも本当は、人との関係って、もっと揺れながら続いていくものなのかもしれません。
そんなことを、モモちゃんの“いじけ顔”を見ながら、私は考えていたんです。
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