あの人の怒りの奥に、愛があったとしたら…
「誤解をした愛」という考え方
以前の講座を、YouTube動画にまとめました。
今日はその内容に触れながら、あらためてここにも書いておこうと思います。
テーマは「誤解をした愛」です。
怒る人、拒絶する人、無関心に見える人。
そういう人たちを見て、「この人は愛がないんだな」と感じたこと、ありませんか。
私もそう思ってきましたし、正直、今でも一瞬そう感じてしまうことはあるんです。
でも、心理学を学んできた中で、少しずつ見えてきたことがあるんですね。
それは、「愛がない」というよりも、「愛の表現が歪んでしまっている」ことのほうが多いんじゃないか、ということです。
赤ちゃんを見ていると、それがよくわかりますよね。
嫌なときは泣いて、嬉しいときは笑って。
感じたことをそのまま出している。
あれって、自分の周りにいる人が自分を愛してくれていると、どこかで信じているからこそできることなんじゃないかな、と思うんです。
でも、成長していく中で、少しずつ「愛のフィルター」が重なっていきます。
親の言葉や、家の中の空気、繰り返される出来事。
その中で、「こういうときはこうされるものだ」という、自分なりのルールができていく。
そうやって、同じ「愛」でも、人によって形が変わっていくんですよね。
ひとつ、わかりやすい例を挙げてみますね。
小さな子どもが「お母さん!」って、両手を広げて走っていったとします。
そのとき、お母さんが怖い顔で「来ちゃダメ!あっちへ行って!」と怒鳴ったら。
子どもはきっと、「拒絶された」と感じますよね。
「愛されていないのかもしれない」と思うかもしれません。
でも、そのお母さんの視界に、子どもの先に車が見えていたとしたらどうでしょう。
その一言は、拒絶ではなくて、必死の愛だったのかもしれない。
ただ、子どもにはその文脈が見えていなかった。
それだけなんですよね。
これが「誤解をした愛」の、ひとつの形なんじゃないかなと思うんです。
私たちが人とすれ違う理由も、実はここにあるんじゃないでしょうか。
話を聞いてほしい人と、そっとしておいてほしい人。
言葉で伝えたい人と、行動で示す人。
同じ「愛している」という気持ちでも、表現の仕方が違うと、届かなかったり、受け取れなかったりする。
そのズレが、「わかってもらえない」という感覚を生んでいくんですよね。
だから私は、この世界は「愛」と「誤解をした愛」でできているんじゃないかな、と思うんです。
誤解が解けたときに、残るのは愛だけ。
そういう瞬間を、カウンセリングの中で何度も見てきました。
もちろん、無理に許す必要はないと思うんです。
どうしても受け入れられない人がいるのも、自然なことですしね。
ただ、「もしかしたら、あれも愛だったのかもしれない」と、ほんの少しだけ視点を持ってみる。
それだけで、自分の中の何かが、少しゆるむことがあるんです。
そしてカウンセリングサービスYouTubeチャンネルでの三好成子のサイトはこちら
三好成子のYouTubeサイトです。
※ Zoom利用メニューにはWi-Fiなど通信環境が必要です。
※ 対面は2時間枠のみ・前払い制・キャンセル規定あり。
※ 料金は税込。最新の空き状況は予約ページでご確認ください。
>>三好成子のWEB予約ページはこちらです。
※初回無料カウンセリングは予約センターへのお電話で承っています。
【カウンセリング予約センター】
TEL:06-6190-5131
受付時間:12:00〜20:30(月曜定休・祝日の場合は翌日代休)
◆私あてのメッセージは、お問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。