「私だったら…」「きっとこう思っている」

そう思うとき、私たちは無意識のうちに、自分自身の心を映し出していることがあります。


心理学ではこれを「投影」と呼びます。


それは、自分の中にある想いや感情が、他人や出来事に姿を変えて見える、心の働きです。



「もっと何かできたのに」という後悔

 それもまた、投影の一つかもしれません。

「あのとき、ああしていればよかった」
「もっと優しくしてあげればよかった」

それらは事実のようでいて、実は“今の私がそう感じている”心の風景であることもあるのです。



病室で見た、もうひとつの物語

  ある日、母がお世話になっている施設を訪れたときのこと。


私は病室の扉の外で、ふと足を止めました。


ちょうどそのとき、スタッフの方が母に声をかけてくださっていたのです。


その瞬間、私は驚きました。


母の顔が、これまで私が見たこともないほどやわらかく、幸せそうに見えたのです。



こんな楽しげに話している母
こんな優しい表情で、人の話に耳を傾けている母

「見たことないなぁ…」

ちょっとした驚きと、かなり大きめのがっかりした感じが、私に襲ってきたのでした。

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息を整えるために、病室の入り口に貼ってある母の名札を何度も見つめ返したのです。

一人暮らしで、90歳近くになっても車を運転して、自分の面倒は自分で見ている母でした。

私は母と言う1人の人間が何を考えてるのかがわからないほど、彼女は私に距離をとっていたし、

私自身も近づくと、何か変な混乱した気持ちになるので

母とはi一定距離を保ち、続けて接していた気がします。

母は母で私と孫が帰ってくると「いつ帰るの?」ばかり聞いてきて…

それは帰ってしまうのが寂しいからという意味ではなく
早く自分1人の時間が欲しいと言う思いが溢れている言葉でした。

娘もそれに気がついて「おばあちゃんて、私たちのことが嫌いなのかなぁ…」

と、私に聞いてくることもあったくらいです。

今はよくわかるのですが…
1人の時間がないと、息が詰まって、しんどくなるという人は一定数います。


そういう私だって、賑やかな家族を求めながら、1人でいる時間が絶対必要だなぁと思っているタイプなんです。

だから、母が私たちに取る距離感に対して特に良いも悪いも感じないのですが

その距離感がゆえに、母は自分の面倒を自分で見ることが難しくなったにもかかわらず、
人を寄せ付けずに自分で車を運転してお買い物に行って…の生活を続けていました。

そんな母が車での事故を起こして、胸骨を骨折して入院した時から、母の施設入居コースが決定しました。

私的にもうこのチャンスを逃したら、母は絶対に施設にはいかず、1人で生活できると言い張ったと…私は思っています。

骨折も癒えて、自宅に帰れると思っていた母が向かった先は、老人養護施設でした。

その時の母の驚きや、悲しみや、怒りの態度は今でも目に焼き付いていて

涙と鼻水でいっぱいの顔で、施設は嫌だと泣き叫んだ母をむげもなく、その施設に置いて帰ったあの日の自分の残酷さは「ひどい娘だなぁ」と言う思いとともに、私の胸に折りたたまれています。

そこには、親を悲しませてはいけない、
親の面倒を見るのが子供の役目、
離れていても、最後には戻ってきて、私の面倒を見てくれるんだろうなぁと思っていたんだろうなぁ…

などと言ういろんな《期待はずれの娘》のらく印を自分に押した気もします。

ところが…目の前に現れた母の穏やかな笑顔。

その衝撃は、喜びよりも驚きの方が大きかったのです。

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「私だったら」という物語に気づく

私は長い間、こう思い込んでいました。
母はきっと、こんな状態で、どれほどつらいだろう

自由のきかない生活は、地獄のように感じているに違いない

私を恨んでいるかもしれない

でも、ふと思ったのです。


それって、“私だったらつらい”と思っていただけなのではないか、と。


それも、今の私だったら辛いだろう…と。

辛いかどうかは、その人にしかわからない。


なのに私は、「自分だったらこう感じる」という前提で、母の気持ちを想像していたのです。


そして、あるとき気づいたのです。


「人の気持ちに寄り添いすぎることの中には、“人の気持ちがすべてわかる”という思い上がりが含まれているのかもしれない」と。


私がしていたのは、“優しさ”という名前の思い込み。


母の世界に、私自身の物語を重ねていただけだったのかもしれません。


本当に寄り添うというのは、「わからないことを、わからないままに受けとめること」。


今はそんなふうに思っています。


私には想像できなかったけれど、
もしかしたら母は「やっと幸せになれた」と感じていたのかもしれないのです。


これも私が考える可能性なので、真実は、母のみぞ知る…ですが…

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後悔は、優しさの投影

今回このお話を書き始めたのは、
「もっと何かできたのに」
「もっとそばにいてあげればよかった」
そんな思いが、実は“母のため”というより、“私だったらそうしてほしい”という視点から生まれたものだったことに気づいたからです。

でも、「私だったら」と考えてしまうこと自体が悪いわけではないと思うのです。


それはむしろ、自分の中にある優しさや思いやりが、相手に重ねて映し出されたものではないでしょうか?


後悔の裏には、誰かを大切に思う気持ちがある。


だからこそ、その思いもまた、自分の中のやさしさの証なのだと、今は思っています。

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星になった者たちへ


老いた親だけでなく、
すでにこの世界を旅立った大切な人たちや、
家族のように心を寄せていたペットたちに対しても、私たちはよく似た後悔を抱きます。



「もっと優しくできたかもしれない」
「もっと一緒にいてあげたかった」
「ちゃんと伝えたかった」

それもまた「私だったら」という投影から生まれた思いかもしれません。

でも、誰かを想って胸が痛むこと。
それ自体が、大切にしていた証なのです。
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過去の見え方は、今ここで変えられる

たとえ、あのときできなかったことがあったとしても、
今この瞬間に、心の中で「ありがとう」とつぶやけたら…

それはきっと、過去と未来のあいだにある、
かけがえのない“今”という癒しになるのではないでしょうか。

投影は、世界とつながる力であり、
同時に、自分自身を知るための扉でもあります。


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やさしいまなざしを向けるということ

「あの人には、あの人の物語があったのだ」
そう想像できたとき、
私たちはほんの少し、自分にもやさしくなれるのかもしれません。



過去を変えることはできません。
でも、過去の見え方は、今ここで変えることができます。



そのたびに、私たちは少しずつ、癒されていくのです。

老いた親に。


星になった誰かに。


そして、今も心に住んでいる大切な存在たちに。


やさしいまなざしが向けられますように。


心から応援しています。
I support you wholeheartedly.

#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!



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