「子供を愛せない親なんているの?」と聞かれたら私は、「いると思う」と言ってしまいます。
「子供を愛せない親なんて、本当にいるの?」
そう聞かれたら、私はこう答えます。「いると思う。でも、それは必ずしも悪意があるわけではない。」と…
私の父は、私の運動会や参観日、学校行事に一度も来ませんでした。
仕事が忙しかったわけではなく、ただ子供の学校行事…言い換えれば子供に興味がなかったのだと思います。
休みの日は寝ているかゴルフに行くか、地域の行事参加か、自分の仕事のための勉強に費やしていました。
家族単位での時間を作ることはありませんでした。
でも、子供と関わる事以外の地域の行事や、しっかり働いて家計を保ってくれていました(ありがとうございます)
一方母は、やるべき事(例えば学校行事などの参加)は滞りなくやってくれていました。
お弁当も高校卒業するまでしっかり作ってくれていました。(ありがとうございました)
仕事もしていたし、いつも家の中を忙しそうに動き回っていました。
でも、それは「家族のため」ではなく、「自分のための忙しさ」だったのかもしれないなぁ?と、今振り返ると思うのです。
3人家族だったのに、母は一度も家族の食卓についたことがありませんでした。
「みんなで食べるご飯」が、私の家にはなかったのです。
私は、そういう家庭で育ちました。
「家族って、こういうものなんだな」と思いながら。
「愛されなかった」とは思いませんでした。
だって困った事は無いんですもの。だけど、温かさは感じられない… そんな幼少期を過ごしました。
「家族旅行がしたい」と言ったら、父と二人きりだった
夏休みが明けると、友達が「家族で旅行に行った」と楽しそうに話していました。私も、「家族で旅行に行きたい」と言いました。
すると、なぜか父と私だけで和歌山の那智勝浦へ旅行に行くことになりました。
私は3人で家族旅行だと思っていたのですが…
行き先もなぜか那智勝浦のバスツアーに決まっていました。
家族旅行を望んだのに、「家族」ではなく、「父と子」だけの旅行。
母は来ませんでした。
「うちはそういう家なんだ」
子供ながらに、そんなふうに納得するしかありませんでした。

「家族らしさ」を知ったのは、結婚してからだった
私は結婚して、夫の実家に遊びに行ったとき、人生で初めて「家族らしさ」を知りました。
みんなで庭でバーベキューをして、親戚やいとこたち、子供たちが集まり、笑い声が響いていました。
大人も子供も一緒になって、食事を囲んで楽しむ。
「家族って、こんなふうに過ごすものなんだ」 そのとき初めて、自分が「持っていなかったもの」に気づいたのでした。
私の家には、こんなふうに一緒に過ごす時間がなかった。
「私の実家も、こんなふうになればいいな」
そう思って、父と母に「庭でバーベキューをしようよ」と提案しました。
でも、返ってきたのはこんな言葉でした。
「そんな恥ずかしいことできるか」
「近所の人に見られたら、どう思われるか」
私の実家は田舎で、隣の家とは相当離れています。 誰の目も気にせずにバーベキューをすることは可能でした。
それでも、両親は一切関心を示しませんでした。
そのとき、私は気づきました。 両親は「家族の時間」に興味がないのだ、と。
もしかすると、子供は「愛する存在」ではなく、「家を継ぐためのもの」だったのかもしれない、と。
「親を責めたいわけじゃない。ただ、私は寂しかった」
私は、こんなことを書き始めたのも、両親を責めたいわけではありません。両親は両親なりに、私を育ててくれました。
物やお金を与えてくれたし、学びたいことを学ばせてもくれました。
でも、私はずっと寂しかったんです。
気づかなかったけど、私は家族の温もりが欲しかったんです。
あぁだからか…
思い出すエピソードは、前を歩く姉妹の姿を見て急に泣き出してしまったことがあったんですけど、あれってうらやましいなぁと思ったけど、「うらやましがっても手に入るものじゃないしね」と言う葛藤から感情が追いつかなくなって泣いてしまったんだろうなぁって今なら思えます。
寂しかったんですね。私。
そして、大人になってようやく気づいた事もありました。
「私が本当に欲しかったものは、形ではなく時間だった」のだと。

「欲しかったものは、自分が与えれば手に入る」
私は結婚し、家庭を持ちました。けれど、離婚を経験し、一度は「家族」を失いました。
でも、子供たちと一緒にトランプをしたり、公園で滑り台を滑ったりすると、私は心の奥から満たされていったのを感じます。
「こんな時間が欲しかった」と、心のどこかでずっと願っていたんだなぁ?と思います。
「欲しかったものは、自分が与えれば手に入る」
私は、自分の子供たちに、かつて私が欲しかったものを与えています。そして、それが私自身を癒してくれています。
ここで少し思うのは、私が与えているものは子供たちが欲しいものばかりだとは言えないと言うことですね。
私がして欲しかったことを子供たちにしている。
子供がして欲しいことをしているわけではないかもしれないと言う考え方を頭の隅に置いておくと良いのかなって思います。
そうすると「あんなことしてあげたのに」とか思わなくても良くなるよねって思います。
「愛せない親」は、なぜ存在するのか?
では、なぜ親は子供を愛せないことがあるのでしょうか?心理学的に見ると、その理由にはいくつかの要因があります。
1. 自己愛の欠如
親自身が「愛されている」と感じたことがないと、他者を愛することが難しくなります。
幼少期に十分な愛情を受けずに育った人は、「愛する」という感覚がわからないまま親になってしまうことがあるからです。
2. 嫉妬心
子供が周囲から愛されている様子を見て、親が無意識のうちに嫉妬することがあります。
特に、親自身が子供時代に十分な愛を受けていない場合、子供への愛を素直に表現できないことがあります。
3. 親としてのプレッシャー
「いい親でなければならない」というプレッシャーが重くのしかかると、子供と関わること自体がストレスになってしまうことがあります。
すると、「親としての義務」は果たしても、「子供を愛する」という部分が後回しになってしまうのです。
また、時代背景や文化的な影響も無関係ではないと思うんですね。
特に、戦後の日本では「感情を表に出すことは恥ずかしい」という価値観が強く、 愛情を言葉や行動で示さない親も少なくありませんでした。

「親の愛が足りなかった」と思うあなたへ
もし、「私は親に愛されなかったのかもしれない」と思う人がいたら…それは、間違った感覚では無いと思います。
「愛されていなかった」と思うことと、「親を憎むこと」は違います。
ただ、「私は寂しかった」と認めることは、とても大切なことだと思います。
「私は辛かったんだ。」と認める事は自分にとってとても大切なことだと思います。
そして、それを認めていくと、寂しさを埋める方法は見つかるものです。
私は、自分が欲しかったものを子供に与えることで、それを実感しました。
「欲しかったものは、自分が与えれば手に入る」
親の愛を感じられなかったからこそ、あなたにしかできない「優しさ」があるはずです。愛することの大切さを誰よりも感じられる人になっているはずです。
それを、自分自身や、あなたの大切な人に向けてあげてください。
そして、もう一つ
「親から与えられた方法で、子供に接してしまう」ことは、よくあることです。
私たちは、無意識のうちに親のやり方を引き継いでしまいます。
でも、自分の心の痛みに気づき、自分が何を求めていたのかを理解すると、 親のやり方ではなく、「自分の愛し方」に変えていくことができるのだと思います。
自分が何を感じていたのか、何が欲しかったのか、何が手に入らなくて辛かったのか。
それに気づくだけで、心の半分くらいは癒されていくのかもしれません。
心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!