今朝、10年一緒に過ごした文鳥が静かに旅立ちました。
小さな体で私たちの暮らしに寄り添い、さえずりや仕草でたくさんの幸せをくれたこの子。
昨日の昨日まで、粟穂を食べたり水を飲んだり、懸命に生きていました。
昨日の昼、娘が名前を呼ぶと「ちゃっ!」と久しぶりに返事をしてくれたと、嬉しそうにLINEが来ました。

じゅうぶん頑張ってくれているので、私たち親子の中では『覚悟』はしていましたが、まだまだ生きてくれているはず…と、思った瞬間でもありました。
そして今朝。
娘が鳥かごのカバーを開けると、お気に入りの止まり木にとまって、こちらを向いていたそうです。
それを見た娘は、安心してその場を離れ、朝の身支度をして、再び覗いたときには…
水場のそばで、静かに息を引き取っていました。
娘は「もう少し見守っていてあげられたら、最後の最後までそばにいてあげられたのに」と涙を流しました。
私も「もっとできたことがあったのでは」と、胸が締めつけられるような思いがこみ上げました。
特に、たくさんの愛情を注いできた人ほど、その思いは強くなりがちです。
心理学では、このような感情を 「生存者の罪悪感(Survivor’s Guilt)」 と呼びます。
• 「最期の瞬間をそばで見届けられなかった」
• 「もっと早く異変に気づいていたら」
• 「別の選択をしていたら違う結果になったのでは」
こうした思いが、繰り返し頭をよぎります。
でも、それは 「大切だった」からこそ生まれる感情 なのです。
本当に何もしていなかったのなら、罪悪感は生まれません。
たくさん愛して、たくさんお世話をして、たくさん気にかけていたからこそ、 「もっとできたはず」と思ってしまう。
「十分やっていたのに、もっとできたと思う」
それは、どれだけその存在を大切に思っていたかの証なのです。

(昨日のお昼はヒエの穂やアワの穂を上手に食べていました)
罪悪感は 「怒り(第2段階)」 と 「取引(第3段階)」 に現れることが多いと言われています。
順を追って説明していきますね。
• 第1段階:否認
「まだそこにいる気がする」
朝、鳥かごの前でいつものように声をかけてしまう。 さえずりが聞こえた気がして振り返る。
というように、まだ実感がわかない…これが最初の反応になります。
• 第2段階:怒り
「もっと気をつけていれば…」
「どうして最期の瞬間にそばにいなかったの?」 という、自分や運命を責めたくなる感情がこみ上げてきます。
• 第3段階:取引(交渉)
「もし、もっと早く病院に行っていたら…」
「もっと長く抱っこしてあげていたら…」
過去を振り返り、「もしもあの時」という、別の選択肢を考えてしまう時間が多くなります。
• 第4段階:抑うつ
「もう戻ってこないんだ…」
ふとした瞬間に涙があふれる。
何をしても、ぽっかりと心に穴が開いたような気がする。
• 第5段階:受容
「あの子がいてくれて、幸せだったな」 いつか、この子のことを話しながら、涙ではなく笑顔が出る日が来るのかもしれない。
この5つの段階を、私たちは行ったり来たりしながら、少しずつ乗り越えていくのだと思います。
「この先のことはわからない」と思うかもしれませんが…
今はまだ、この喪失感をどう受け止めたらいいのか、答えが見つかりません。
でも、私は過去に犬やウサギ、小鳥たちを見送ってきた経験があります。
だから、ひとつだけわかることがあります。
この深い悲しみは、時間が経つにつれて少しずつ変化していくということ。
「悲しい」だけではなく、「ありがとう」の気持ちが少しずつ増えていくということ。
今はまだ涙が止まらなくても、 「この子がいてくれたからこそ、こんなに愛おしい気持ちになれたんだ」 と思える日が、きっと来るのです。


でも、文鳥がいてくれた10年は、本当に幸せな時間でした。
• ふとした瞬間にさえずりが聞こえた気がする
• 鳥かごの前で、「おはよう」と声をかけたくなる
• いつもの場所に、いつもの姿がないことが寂しくなる
そんな日々が、しばらくは続くかもしれません。
でも、それは「いなくなった」のではなく、「ずっと心の中にいる」ということなのかもしれません。
罪悪感にとらわれすぎず、少しずつ「ありがとう」の気持ちに変えていけたら。 そう願いながら、今日も明日も文鳥のことを思い出していくのでしょう。
もし、同じように大切な存在を失った方がいたら、どうか自分を責めすぎないでください。
あなたの愛情は、きっとちゃんと伝わっていたはずです。

昨日のお休み前。
いつもは鳥かごの隅っこのヒーターにくっついてじっとしているのに、手前の止まり木に来てた。
今、こうして見ると「今までありがとう」と言われているみたい…
心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!
小さな体で私たちの暮らしに寄り添い、さえずりや仕草でたくさんの幸せをくれたこの子。
昨日の昨日まで、粟穂を食べたり水を飲んだり、懸命に生きていました。
昨日の昼、娘が名前を呼ぶと「ちゃっ!」と久しぶりに返事をしてくれたと、嬉しそうにLINEが来ました。

じゅうぶん頑張ってくれているので、私たち親子の中では『覚悟』はしていましたが、まだまだ生きてくれているはず…と、思った瞬間でもありました。
そして今朝。
娘が鳥かごのカバーを開けると、お気に入りの止まり木にとまって、こちらを向いていたそうです。
それを見た娘は、安心してその場を離れ、朝の身支度をして、再び覗いたときには…
水場のそばで、静かに息を引き取っていました。
娘は「もう少し見守っていてあげられたら、最後の最後までそばにいてあげられたのに」と涙を流しました。
私も「もっとできたことがあったのでは」と、胸が締めつけられるような思いがこみ上げました。
「もっとできたのに」 罪悪感は愛情の証
大切な存在を失ったとき、多くの人が「もっとできたのに」と自分を責めます。特に、たくさんの愛情を注いできた人ほど、その思いは強くなりがちです。
心理学では、このような感情を 「生存者の罪悪感(Survivor’s Guilt)」 と呼びます。
• 「最期の瞬間をそばで見届けられなかった」
• 「もっと早く異変に気づいていたら」
• 「別の選択をしていたら違う結果になったのでは」
こうした思いが、繰り返し頭をよぎります。
でも、それは 「大切だった」からこそ生まれる感情 なのです。
本当に何もしていなかったのなら、罪悪感は生まれません。
たくさん愛して、たくさんお世話をして、たくさん気にかけていたからこそ、 「もっとできたはず」と思ってしまう。
「十分やっていたのに、もっとできたと思う」
それは、どれだけその存在を大切に思っていたかの証なのです。

(昨日のお昼はヒエの穂やアワの穂を上手に食べていました)
喪失の5段階と私たちの心の動き
エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容の5段階モデル」に当てはめると…罪悪感は 「怒り(第2段階)」 と 「取引(第3段階)」 に現れることが多いと言われています。
順を追って説明していきますね。
• 第1段階:否認
「まだそこにいる気がする」
朝、鳥かごの前でいつものように声をかけてしまう。 さえずりが聞こえた気がして振り返る。
というように、まだ実感がわかない…これが最初の反応になります。
• 第2段階:怒り
「もっと気をつけていれば…」
「どうして最期の瞬間にそばにいなかったの?」 という、自分や運命を責めたくなる感情がこみ上げてきます。
• 第3段階:取引(交渉)
「もし、もっと早く病院に行っていたら…」
「もっと長く抱っこしてあげていたら…」
過去を振り返り、「もしもあの時」という、別の選択肢を考えてしまう時間が多くなります。
• 第4段階:抑うつ
「もう戻ってこないんだ…」
ふとした瞬間に涙があふれる。
何をしても、ぽっかりと心に穴が開いたような気がする。
• 第5段階:受容
「あの子がいてくれて、幸せだったな」 いつか、この子のことを話しながら、涙ではなく笑顔が出る日が来るのかもしれない。
この5つの段階を、私たちは行ったり来たりしながら、少しずつ乗り越えていくのだと思います。
「この先のことはわからない」と思うかもしれませんが…
今はまだ、この喪失感をどう受け止めたらいいのか、答えが見つかりません。
でも、私は過去に犬やウサギ、小鳥たちを見送ってきた経験があります。
だから、ひとつだけわかることがあります。
この深い悲しみは、時間が経つにつれて少しずつ変化していくということ。
「悲しい」だけではなく、「ありがとう」の気持ちが少しずつ増えていくということ。
今はまだ涙が止まらなくても、 「この子がいてくれたからこそ、こんなに愛おしい気持ちになれたんだ」 と思える日が、きっと来るのです。


「ありがとう」の気持ちで送り出す
今はまだ、主のいない鳥かごを見ると寂しさが押し寄せててきます。でも、文鳥がいてくれた10年は、本当に幸せな時間でした。
• ふとした瞬間にさえずりが聞こえた気がする
• 鳥かごの前で、「おはよう」と声をかけたくなる
• いつもの場所に、いつもの姿がないことが寂しくなる
そんな日々が、しばらくは続くかもしれません。
でも、それは「いなくなった」のではなく、「ずっと心の中にいる」ということなのかもしれません。
罪悪感にとらわれすぎず、少しずつ「ありがとう」の気持ちに変えていけたら。 そう願いながら、今日も明日も文鳥のことを思い出していくのでしょう。
もし、同じように大切な存在を失った方がいたら、どうか自分を責めすぎないでください。
あなたの愛情は、きっとちゃんと伝わっていたはずです。

昨日のお休み前。
いつもは鳥かごの隅っこのヒーターにくっついてじっとしているのに、手前の止まり木に来てた。
今、こうして見ると「今までありがとう」と言われているみたい…
心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!