今回のこのストーリーは、親子関係や自己愛性の影響に悩む方々にとって、多くの共感や気づきをもたらす内容になったと思います。
母の影と向き合う
ある女性の物語 を書いてみます。親子関係は、私たちの人生に深く影響を与えるものです。
愛された記憶も、傷ついた記憶も、私たちの心に長く刻まれ、時に人生の選択や自己評価に影響を及ぼします。
ここに、母親との関係に苦しみながらも、その中で自分を取り戻そうとしている1人の女性の物語があります。
「母は素晴らしい人」だった幼少期
幼い頃、この女性にとって母親は絶対的な存在でした。母を信じ、母を愛し、母がいないと泣いて探すほど、彼女にとって母親は大切な人でした。
しかし、成長するにつれて、母親の言動やその裏に隠された真実が徐々に明らかになっていきます。
母親は、外から見れば「素晴らしい人」として賞賛される存在でした。
周囲から「お母さんは本当に頑張っている」「かわいそうだけど立派だ」と評価される一方で、その言動は自己愛的な特徴を持っていました。
自分を「素晴らしい存在」と見せるために周囲を利用しているようにな場面が随所にありました。
そして、子どもである彼女もまた、母親の「演出」にとって必要な小道具のように扱われていたのではないかと思うような出来事がたくさんあったのです。
母親の「演技」に気づいた瞬間
ある日、体調を崩した母親が「もう先が短いのではないか」と弱々しく語ったことがありました。大人になっていた彼女はその言葉を真に受け、涙ながらに母親にご飯を食べさせました。
しかし、その時ふと見た母の顔には、どこか「してやったり」という表情が浮かんでいたのです。
その瞬間、彼女は母親の真意に気づき、幼い頃から信じてきた「母は素晴らしい人だ」という像が揺らぎ始めました。
大人になって知った「歪んだ親子関係」
彼女が母親との関係の歪みに本格的に気づいたのは、自分自身が親になり、子育ての中で壁にぶつかった時でした。
子どもが反抗し、なぜこんな状況になったのかを考える中で、心理学を学び始めました。
そして、自分が「普通」だと思っていた親子関係が、実はかなり歪んでいたことに気づきました。
母親は、自分の物語の中で「被害者」と「主人公」を演じることに長けた人でした。
「かわいそうな私」「周りがひどい人ばかり」「私だけが頑張っている」というストーリーの中で、彼女もまたその一部として扱われていたのです。
知ってしまったがゆえの苦しみ
彼女はこう語ります。「知らなければよかったとは思いません。知ってよかったと思います。ただ、知ってしまったがゆえに、親への恨みつらみが回収できないのです。」
インナーチャイルドワークにも取り組みました。
しかし、幼い頃の自分は無垢で、母を信じ、母がいればそれで幸せだった。
その記憶には悲しみはありませんでした。
ずっと母親を追いかけ、指示に従うことを喜んでいる私がいるだけで、記憶をたどっても,
そこには悲しみや憎しみなどのネガティブな感情は浮かびません。
母親の言動やその裏にあった意図を知った今、過去の無垢な自分が悲しく、苦しく感じるのです。
「これから私は何を変えればいいのか」 母親への恨みや苦しみが整理できない中で、彼女は問い続けます。
「私は何を変えればいいのか。この人生にどんな意味があるのか。」
母親との関係に悩む多くの人が直面するように、彼女もまた、過去の影響から完全に自由になることが難しいと感じています。
それでも彼女は、自分の中にある「苦しみ」を新たな物語として語り直すことで、少しでも前に進もうとしています。
その物語は、大人になった自分が得た経験や、知恵、失敗、痛み、別れ、挫折、喜びを通じて作り直すのです。
心理学的な考察:苦しみを語り直すことの意味
もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この物語は私と私の親のことを書いています。この物語は、親子関係が私たちに与える影響の深さを物語っています。
事実、私自身も知らず知らずの間に親の影響受けて生きてきました。
もちろんありがたいこともありますし、その全てが作為に満ちていたなんて思ってもいません。
彼ら彼女らなりに一人娘である私を大切に育ててきたはずです。
そうでなければ私はここに存在していません。
ひとは、愛されたからここに…今ここに生きていられるのだと思います。
それを理解した上で「もしも理想的な育て方をされていたら、こんなに周りに迷惑をかけるな人間にならなかったんじゃないだろうか。」と思う瞬間があって…
おかしいなぁ?
私はどこかおかしいなぁと思い始めた瞬間がありました。
私自身の子育てを振り返ってみたときに、母親とよく見た感覚で子供たちに接していたなぁと言う場面が思い浮かんだのです。
怖かったです。
ものすごく自分自身が怖かったんです。
そこから自己愛の問題が演技性の問題が私の興味の中心になった時期もあrました。
私から見た母親の中にある『私の問題』を突き詰めて考えていくようになりました。
それはとりもなおさず私のことでもありました。、
心理学を学ぶものとして、同じような思いをしている方がいらっしゃったら、一緒に抜けていこうじゃないですかと言うことを伝えたかったんです。
どんなに学んで改善したとしても、やっぱり親の影響と言うのは、心の奥底にあって、少し油断をすると改善したはずの心のパターンがぶり返されたりします。
そのたびに、少しずつ、少しずつ、心の癖を自分が楽になる方法、周りを困らせない言動に修正していくんです。
あの親だったから、私はこんなふうに考えちゃうんだ…
「そう思っても当然だよね」って、親に対する恨みつらみを1度吐き出して、その上で改めてこれからの自分の生き方やこれからどんなふうに生きていきたいかと言う自分なりのビジョンを見ていきましょうよ。
ここで改めて言いますが…
親の言動が自己愛的であった場合、子どもは親の「役割」を果たすことを期待され、自分自身を見失うことがあります。
しかし、大人になりその歪みに気づくことで、新しい視点が生まれます。
その過程で「親を恨む気持ち」や「過去の自分を悔やむ気持ち」が湧いてくるのは自然なことです。
それを語り直すことで、私たちは過去に意味を与え、未来を形作る力を得るのです。
今、私が皆さんに語った物語がありますよね。
この物語を少しずつ少しずつ変えていくことだってできるんだと思います。
私たちの人生は、私たちの心や頭の中でできている出来事をどのように捉えたかということでストーリー付けられています。
あなたが自分の人生を語るとき、《自分という人間》を語るとき、どんな物語になっているのでしょう?
このように一度書き出して物語を作ってみると良いですね?
そして、他人事のように読んでみると、登場人物の配置が見えてくると思います。
視座が変わることがあります。
あなたに問いかけたいこと
この物語を読んで、あなたは何を感じましたか?親との関係に苦しんでいる人、過去の自分に向き合っている人は少なくありません。
大切なのは、その苦しみを抱えたままでも「こんな私で生きていく」と少しずつ受け入れ、自分自身を癒していくことです。
あなたもまた、自分の物語を語り直すことで、新しい一歩を踏み出せるかもしれません。
そのための講座を開きます。