こんにちは、三好成子です。
今日は自分の常識は人の非常識…というお話から始めようと思います。
いつもブログを読んでくださっている皆さんの中で「非常識だ」と言われてしまう自分の言動や振る舞いに、傷ついたり悩んだりしたことがある人はいらっしゃいませんか?
私自身、その言葉に何度も心を揺さぶられてきた一人です。
自分の行動や言葉が場に合わなかったり、意図せず誰かを傷つけてしまったとき「自分最悪」と思いながら、心から反省しつつも、「どうしてこんなふうにしか振る舞えないんだろう」と自分を責めてしまうこともありました。
振り返れば、私は放任という「この世の成り立ち」を教えてもらうことの少ない子ども時代を過ごしました。
子供に興味がない両親と、一人っ子であるという事と、過疎地で育ったという環境から
当然インターネットなどない世界で、自分で模索するしかなかったその経験は、まるでオオカミ少女のような感覚になることもありました。
そして、その不器用さが「世間知らず」として多くの人を困惑させたかもしれません。
でも、オオカミ少女的な世間知らずもまた、私を形作る大切な一部であるということを。
画像は本文とは関係ありません
先日、近鉄電車に導入されている『奈良しかトレイン』に乗ったときのものを貼り付けていこうと思います。
出会った人たちへの想い
年始にあたって思う事があったので書いていこうと思います。
まずは、今まで離れていきはしたけれど、出会ってくださった方々への想いを書きたいと思います。
これまでの人生の中で、私の行動や言葉が原因で、迷惑をかけたり、嫌な思いをさせてしまった方々がたくさんいると思います。
その瞬間にどうしてもっと良い対応ができなかったのか、何度も振り返り、自分の未熟さを痛感しました。
わたしの常識が周りの非常識であったことも多々あって、困惑させてしまったことも本当にたくさんありました。
この場を借りて、心からお詫び申し上げます。
でも同時に、どんなときも私と出会い、一緒に時間を過ごしてくれたことへの感謝を伝えたいのです。
どんな形であれ、あなた方と過ごした瞬間は私の人生にとって大切な時間でした。
長くそばにいてくれた存在も、またたとえそれが短い時間だったとしても、そこで得た経験や感情は、今の私を育ててくれた糧です。
本当にありがとうございました。
何が「非常識」なのか?
「非常識」という言葉は、ときにその人のユニークさや個性を否定するために使われてしまいます。
もちろん、社会の中でのルールやマナーは重要です。重々承知しています。
でも、その枠から外れる行動や価値観が、すべて悪いものであるわけではないと思う私です。
むしろ、個性豊かな発想や行動が、新しい価値観を生み出す原動力になることもあるように思うのです。
ただ、そうであっても、自分の個性が誰かを傷つけたり、不和を生んでしまうことがあるのも事実です。
このバランスをどう取るか…それが、個性を持て余している多くの人が直面する難しい課題ではないでしょうか。
今日はそのことに触れていきたいと思います。
個性とユニークさを守るための選択
私はこれまで、自分の行動が誰かに不快感を与えると感じたとき、その場を離れるという選択をしてきました。
それは、逃げることではなく、自分を守り、同時に相手を尊重するための行動です。
自分が許される場所で、自分らしく振る舞う。
それは、個性やユニークさを失わずに生きるための大切な手段だと感じています。
また、その選択の背景には、相手へのリスペクトがあると考えています。
違和感を感じ合う瞬間が生じたとき、そのままではお互いを傷つける可能性があると判断することもあります。
その場に留まり続けることで、時には意見の衝突や感情の行き違いが起こり、「良い」「悪い」といったジャッジをし合う状況に陥ることもあります。
そんなときに、一歩引いて離れるという判断をすることは、自分自身のためでもあり、相手のためでもあると、私は 思うのです。
それは逃げることではなく、むしろ相手との関係性を壊さずに感謝を持ち続けるための選択です。
お互いの違いを尊重し、それぞれの在り方を認めるために、時に距離を置くことは決して悪いことではないんですよね。
その選択ができることで、自分の中にある感謝の気持ちを守り続けることができるのだと感じています。
本来なら、私たちはお互いの違いを認め合い、そこから学び、切磋琢磨しながら共に成長していくことが望ましいと思います。
でも、どうしてもその違いが理解されず、結果として傷つけてしまうと感じたり、お互いにジャッジが入ってしまうことがあるのも現実です。
そうしたときに、距離を置く選択が、自分にも相手にも優しい方法ではないかと感じている私です。
おわりに
私たちはみんな不完全であり、その不完全さがあるからこそ、互いに助け合い、支え合って生きていけます。
あなたの個性やユニークさは、きっと誰かの助けになることがあります。
そして、それを許し、活かせる場所で生きることで、自分らしい幸せを見つけられるはずです。
どうか、自分の個性を大切にしながら、この世界をあなたらしく歩んでください。
これまで出会ってくれたすべての方々に、心からの「ありがとう」を。
そして、迷惑をかけてしまった方々へ、改めて深いお詫びを申し上げます。
あなたたちがいてくれたからこそ、私はここまで進んでくることができました。本当に、ありがとうございます。
このブログが、似たような悩みを抱える誰かにとって、少しでも心の支えになりますように。
私たちは皆、それぞれに異なる背景や価値観を持っています。
その違いがあるからこそ、摩擦が生まれることもありますが、その違いを否定することなく尊重する姿勢が、お互いの個性を大切にする第一歩になると信じて…。
心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!