こんにちは、三好成子です。
居場所や安全基地という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
これらは心理学において重要な概念で、人が精神的に安定し、健全に成長するために必要なものです。
今回は、私がこの「居場所」と「安全基地」に関して感じていること、特に、二つの場所を持つことがもたらす安心感と、それに伴う罪悪感について考えてみたいと思います。
居場所と安全基地とは?
まず、簡単にこれらの概念を説明しますね。「居場所」とは、物理的な場所に限らず、心理的にも安心できる空間や関係を指します。
誰にでも、「ここにいていいんだ」「ここなら自分らしくいられる」と感じる場所があるといいですよね。
一方、「安全基地」というのは、心理学者ジョン・ボウルビーが提唱した愛着理論の一部です。
これは、子どもが外の世界を探索する際、必要に応じて戻れる安心できる拠点を持つことが重要であるという考え方です。
この安全基地があることで、人は自信を持って新しいことに挑戦したり、困難に立ち向かうことができるようになります。

私の二つの居場所
私には、二つの「居場所」と「安全基地」があります。一つは、子どもの頃から過ごしてきた実家。
もう一つは、今の暮らしの家です。
どちらも私にとって大切な場所ですが、それぞれに異なる意味があり、時折その違いに戸惑いを覚えることがあります。
困難な時期や心が疲れた時、私は実家に帰ることで一時的に現実の問題から解放されることを期待していました。
でも現実は、実際にその場所に戻っても、そこに安心感を見出すことができない自分に気づきました。
生まれ育った家には、形としての「居場所」は確かに整えられていたかもしれませんが、私の心を包み込むような「安全基地」は存在していなかったのです。
幼い頃の私は、父や母が何を考えているのかもわからず、ただお互いがお互いの役割を果たしているだけの…
客観的に過去の家族関係を振り返ると、父や母はそれぞれに子育てのスキルが欠けていたのだろうと感じます。
それはそれで仕方がないことだと、今では受け入れられるようになりましたが、子どもの頃は、どうして自分はこの家にいてこんなにも寂しいのだろうと悩んだものです。
この家の中で、私に対する興味がほとんどないことを感じ、それが寂しさを増幅させていたのだと思います。
そのため、今でも実家は「懐かしい思い出の詰まった家」ではなく、物理的に私に残された、父や母が生きていた証の象徴に過ぎないのです。
そこに帰ることで得られるものは、過去への懐かしさというよりも、むしろ寂しさや虚無感に近い感情なのかもしれません。
逃げる選択とその意味
もしかすると、私の暮らしは、ある人にとってはとても羨ましく見えるかもしれません。一方で、二つに引き裂かれた、かわいそうな人だと感じる人もいるかもしれません。
確かに、二つの居場所があることで、逃げ道が常に存在し、それが私にとって非常に楽な選択肢であることは否定できません。
そして、私は本当に苦しいときには、迷わず逃げるべきだと思っています。
逃げることを選んだとき、私たちはその決断を後悔することがよくあります。
自分の行動を振り返り、「なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう」と自己嫌悪に陥り、過去を繰り返すような行動を取ってしまうことさえあります。
あるいは、後悔を取り戻すために、自分を許そうと努力するのです。
しかし、私たちの行動は、その時点でそうするしかなかったのだと理解することが重要です。
思い起こしてみてください
間違いなく、あの時は、そうするしかなかったのではないでしょうか?
その行動は、何かしらの理由があって選ばれたものであり、誰もそれを罰することはできないのです。
二つの居場所がもたらすもの
話がそれましたが、二つの場所を持つことが、私にとっては必ずしも安心感につながるわけではなく、逆に何かに真剣にコミットできない自分を感じる瞬間もあります。まるで、パートナー以外に別の人がいるような感覚を抱くことさえあります。
本当は、一つの場所にしっかりと腰を据えて、「ここにいていい」と心から感じられる場所で、問題が起きても逃げずに向き合い、その場所で落ち着いた暮らしをしたいという願望が常にあります。
それでも、なぜ私にこの人生が与えられたのかを考えたとき、二つの居場所があることで、確かに私の人生の幅が広がったことを感じます。
二つの場所を持つことで、異なる視点や経験を得ることができ、それが私自身をより豊かにしてくれたのです。
そして、今感じるのは、この経験を通して、私が他の人たちに何かを伝える役割を果たせるのではないかということです。
自分自身を守るための心のスキルや、必要なときに上手に「逃げる」術を他の人にも教えていくことが、私の使命なのかもしれません。
逃げることが必ずしも悪いことではなく、むしろそれが生き抜くための重要な選択肢であることを伝えていきたいと思うのです。
結びに
結局のところ、私たちの人生には正解がありません。いろんな生き方があって当然であり、それぞれの選択がその人の生き方を形作っています。
二つの場所を持つことに罪悪感を感じる人もいれば、それを強みとして受け入れる人もいるでしょう。
重要なのは、自分の選択を尊重し、その選択がもたらす経験をどう活かすかです。
人生には、逃げることが必要な時もあれば、立ち向かうことが求められる時もあります。
どちらを選んでも、それは自分にとって最善の選択だったのだと信じてください。
そして、その選択を後悔することなく、自分を責めることもなく、前に進んでいくことが大切です。
たとえ逃げ道を持っていたとしても、それは弱さではなく、生き抜くための一つの戦略です。
いろんな生き方があっていいのです。
だからこそ、自分の道を信じて、どんな道を選んだとしても、それが自分にとって価値あるものであると胸を張って歩んでいきましょう。

心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!