私は今日で65歳になりました。
今でこそ、自分の人生を生きていると思える人生ですが、ふと振り返ったとき、いつも誰かの人生を背負ってきたか、飲み込まれてきたかだったなあと思うのです。
こんな人生を…、誰かの人生を、背負ったり飲み込まれたりする人生を生きなければならなかった理由を考えてみました。
私の例だけではなく、考えられる『自分以外の人の人生を生きてきた理由』についてお話ししていこうと思います。

本題にはいる前に余談ですが
この写真は、桜の木に絡んで伸びていくハツユキカヅラです。
昔は、この風景が「桜の木が洋服を着ているみたいで可愛いな」、と思っていたのですが
今は「わ!絡みつかれて桜の木がかわいそう」って思う様になって来ました。
誰かの人生を背負うのが当たり前の世界観から
「自由でいたい、自由が良い」
を思う様になってきている様です。
さて、話を戻して…
自分の人生を歩いて行くための解決策は人によってバラバラです。
だけど
「あぁ自分もそうだったかもしれない」
と、気づく事で
また新たな一歩を踏み出せるとも思います。
何度も、何度も振り返り
自分らしい生き方を探していこうじゃないですか?
人生を振り返ってみると、私はしばしば他人の期待や意見に縛られてきたと思います。
幼少期から親の期待に応えようと努力し、学校では教師や友人の評価を気にし、社会に出てからも上司や同僚の目を気にして生きてきました。
(さほど応えられませんでしたけど…)
こういった周りに合わそうとする経験は、私の自己概念を形成し、他人依存的な生き方を強くしていった様です。
自己概念とアイデンティティ
こんな感じの日々でしたので、私の自己概念は、他人の期待や評価に大きく影響されました。特に、親の期待に応えることが私のアイデンティティの一部となり、自分自身の本当の願望や夢を見失ってしまいました。
こうして、自己が他人に依存する様になっていきます。
自己概念が他人依存的になると、自己肯定感が低下し、自分自身を否定する気持ちが強まるのでした
承認欲求
私たちは、誰しも他人からの承認を求めます。マズローの欲求階層説においても示されるように、他者からの承認は基本的な人間の欲求だというんですね。
確かに、そうかもしれないなぁ?と思う事はあります。
でも私の場合は、この承認欲求が過剰になり、他人の評価に過度に依存するようになっていました。
自分の幸福や満足感が他人の評価に大きく左右されるようになりました。

社会的比較理論
自己評価を行う際に、他人と比較することは自然なことです。基準が欲しくなりますからね。
でも、あまりにも「人と自分、人と自分」をやりすぎて苦しくなっていったんです。
比べる度に、常に自分が他人よりも劣っていると感じることが多くなりました。
そうなんで。
人と比べるときは、相手の良いところと自分のダメな所を比べがちなんです。
これによって劣等感が生まれ、自分自身に対する否定的な見方が強化されました。
他人の意見や評価に過敏になりがちだったのは、このためだろうな?と思っています。

人よりも(自分の作った基準)良いか悪いか。
大きいか、小さいか…に振り回されるのですが
ただそこに、そのサイズの窓があるというだけで窓に良い悪いはないのと同じ様に
私たちひとりひとりに、私たちに見合った表現があるだけです。
認知的不協和
自分の行動や選択が周りの期待と合わないとき、心の中で違和感が生まれます。この違和感をなくすために、私は一時的にでも安心感が欲しくて、他人の意見や期待に従って、反抗しない事を選びました。
しかし、これを続けると自分を否定する態度が強まり、自分の本当の気持ちや願いを抑え込むことになっていくのでした。。
アタッチメント理論
幼少期のアタッチメントスタイル(愛着の形式)は、成人期の人間関係に影響を与えます。これまでも、何度も書いていますが
私は自分が無条件に愛されたとは思えていませんでした。
何か理由があるから育ててもらっているんだろうな?とも、思っていました。
それくらい両親とは遠い関係でした。
不安定な愛着スタイルを持つ人は、他人の評価に依存しやすく、他者からの承認を過剰に求める傾向があるといいます。
私もまた、幼少期の家庭環境や親子関係において、不安定な愛着スタイルを形成していたのかもしれません。
まぁ、この世界の数%しか完全な愛着スタイルを持たないとも言われますから、私が特別な訳ではないとも思っていますけれどもね。
自己効力感
自己効力感とは、自分が目標を達成できるという信念のことです。自己効力感が低い場合、自分の判断や選択に自信が持てず、他人の意見に従いやすくなります。
私自身も、長い間、自分の判断に自信を持つことができず、他人の意見に流されることが多かったでのです。
こういう事が、私が自分以外の人の人生を生きてきた理由です。
今振り返ると、いろいろな影響を受けながらも、自分の人生を取り戻せたのは、自己理解と自己肯定感が高まったおかげで、健全な自己イメージを築けたからだと感じます。
自分の人生を生きるためには、まず自分自身をよく知り、他人の評価に頼らずに自分を肯定することが大切だと思います。
それは簡単ではありませんが、一歩一歩進めば、必ず道が開けると思います。
私の経験が、同じような悩みを持つ方の助けになれば幸いです。




さてさて、私は
この一年をどう過ごすかを思いながら
1日1日を大切にしていきたいと思います。

昨夜は綺麗な満月でした。
心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!