私の母とのコミュニケーションは、いつも私にとっての課題でした。
小さい頃から、母の言葉や行動が時に矛盾しているように感じられ、私は何を信じて良いのかわからなくなりました。
例えば、欲しいものを諦めた途端にそれが実現することも多々あって、その度に私は自分の感情や思考を整理することが難しかったです。
その後心理学を学ぶ間に「ダブルバインド」という言葉に出会いました。
それは、相手の言動が一貫性を欠いていることで、受け取る側に混乱や不安をもたらす現象です。
母の行動に対しても、何度もそのパターンを経験しました。
このブログでは、私の経験を通じて考えたことや学んだことを共有し、ダブルバインドがどのように私たちの思考や行動に影響を与えるのか、そして母との関係がどうそれに影響されたのかを探っていきたいと思います。
母の言葉や行動に背景があることを理解しつつ、自己理解を深める内容となっています。
子供の視点から見たダブルバインドの影響
幼い頃、私は母とのコミュニケーションに常に戸惑いと混乱を感じていました。
母は私のために良かれと思ってしてくれた行動が、私には矛盾だらけで、理解し難いものでした。
例えば、ある日、私は小さなレコードプレーヤーが欲しくて母にお願いしました。
母は「ダメ」と言いました。
「やっぱりだめか…」ま、仕方ないかと、あきらめました。
子供の頃の話なので、あきらめたか、すねたのかは覚えていないのですが…
買ってもらえないという事は渋々ながら納得したと思います。
ところが、数日後、部屋に大きなステレオが置かれていました。
母は満面の笑みで「欲しいって言うから、もっといいやつを買ったよ」と言いました。
私は戸惑い、素直に喜ぶことができませんでした。
「ダメっていったよねえ?」が一つの理由。
もう一つの理由は
「レコードプレーヤーって言ったよね?私」
子供ながらに、今起きている状況を 喜んでいいのか、何なのかがわかりませんでした。
母の矛盾したメッセージ
このような母の行動は一度だけではありませんでした。
「怒らないから正直に言いなさい」と言われて正直に話すと怒られるってことみなさんはありませんでしたか?
怒らないって言ったのに怒る。
そして
私の住んでいたところは田舎だったので、欲しいものを手に入れるには子供だけでは難しく
バスや電車に乗っていかなければならなかったので、母にお願いすることになるのですが
「お買い物に連れて行って」と頼んで「いいよ」と言われたのに、
母の態度は明らかに不満げ。

このような矛盾したメッセージが繰り返される中で、私は次第に何を信じれば良いのかわからなくなりました。
ダブルバインドが与えた影響
感情の混乱と不安定さ
母の矛盾した言葉と行動は、私の中に常に不安と混乱を引き起こしました。
何が正しいのか、どう反応すれば良いのかがわからず、自己判断に対する自信を失っていきました。
結果として、私の感情は常に不安定で、どこかで「私が悪いのではないか」と自己疑念を抱くようになりました。
自己評価の低下
母からの矛盾したメッセージに対応する中で、私は自分の感情や考えに自信が持てなくなっていったんです。
何かを欲しがることや、正直であることが必ずしも良い結果を生むわけではないんじゃないか…と思い始めるのでした。
そして、自分の価値や意見を低く評価するようになりました。
信頼関係の構築の難しさ
母との経験から、私は他人との関係においても信頼を築くことが難しくなりました。
相手の言葉をそのまま信じることができず、常に裏を読む必要があると感じるようになりました。
これは、人間関係において不安感を増し、深い信頼関係を築くことを難しくしていく要因にもなったと思います。
コミュニケーションの障害
母の矛盾したコミュニケーションスタイルに慣れてしまったため、私自身も他人と接する際に一貫性を保つことが難しくなりました。
自分の気持ちを正直に表現することが怖くなり、相手の反応を過剰に気にするようになりました。
境界線の設定の難しさ
私は他人との関係でも、自分の感情や意見を主張することが難しいと感じるようになっていきました。
母の期待に応えようとする中で、自分の欲望や意志を抑え込むことに慣れてしまい、自分の境界線を設定することが難しくなりました。
自然体で人と向き合う事が出来なくなっていった、私の経験でした。
これは私側の見方、言い分です。
物事は双方の立場から見ると、また違った考えが出てくることがあります。
では、今度は母側からの言い分を推測してみましょう。
母の視点から見た矛盾したメッセージの背景
【母の言い分】
母として、私はいつも子供のことを思い、最善を尽くしてきたつもりでした。
あなたがレコードプレーヤーを欲しがった時、私はその瞬間、即座に「ダメ」と言いました。

それは、たぶん経済的な事情や、その時の気分、または他の優先事項が頭にあったからでしょう。
しかし、その後、私はあなたのことをもっとよく考えてみました。
「かわいそうなことをしたかな?」
「無理してでも買ってあげた方がよかったかな?」
そんなことが頭に浮かびました。
そして、あなたが本当に欲しがっていたことを理解し、喜ばせたいという思いが強くなりました。
だからこそ、レコードプレーヤーよりも良いと思った大きなステレオをサプライズで用意しました。
頃は無意識にではありますが、一度あなたにダメと言って、あなたを傷つけたかもしれないという座愛悪感から、もっといいモノを買って喜ばせたいと思ったのかもしれません。

私はあなたの喜ぶ顔を期待し、自分が母親として良いことをしたと感じたかったのです。
期待と現実のギャップ
ところが、あなたが喜ばなかった時、私は戸惑い、そして傷つきました。
私の中では、「これだけのことをしてあげたのに、なぜ感謝されないのだろう」と感じました。
私の行動があなたを喜ばせるはずだという期待が裏切られた気がして、反射的に「わがまま」と感じてしまったのです。
「怒らないから正直に言いなさい」の背景
「怒らないから正直に言いなさい」という言葉も、私の中ではあなたが正直であることを望む気持ちから出たものでした。しかし、実際に正直な話を聞いた時、自分の期待と異なる事実に直面して、つい感情的になってしまいました。
その時の怒りは、あなたに対する怒りというよりも、自分自身の期待や理想が裏切られたことへの失望から来ていたのかもしれません。
ボディランゲージの矛盾
買い物の件でも、「いいよ」と言いながら、私の態度が「面倒だな」と示していたのは、私自身が忙しさや疲れから来るストレスを感じていたからかもしれません。
心の中で「やらなきゃいけないことがたくさんあるのに」と思いつつも、
あなたの願いを叶えてあげたい気持ちがあったために、矛盾したメッセージを送ってしまいました。

母自身の葛藤
私自身も常に完璧な母親でありたいと思っていましたが、現実はそう簡単ではありませんでした。家庭や仕事、他の多くのことに追われ、自分の感情を整理する暇もないまま、つい矛盾した行動や言葉をとってしまうことがありました。
母の言い訳
私が送ったダブルバインドのメッセージは、決してあなたを混乱させたり傷つけたりする意図はありませんでした。
むしろ、あなたのことを思い、できるだけ良い母親であろうと努力する中での過ちでした。
私も自分の感情や期待と現実のギャップに悩み、葛藤していたのです。
私の母との経験を振り返りながら、ダブルバインドという言葉の意味やその影響について深く探ってきました。
母との間で起きた矛盾や混乱の経験は、当時は理解しがたいものでしたが、今ではその中にあった母の思いや苦悩も感じることができます。
人は皆、自分の言動には背景や意図があります。
母の行動が時に矛盾していたことも、彼女の思いや期待が交錯していた証拠かもしれません。
私がそのことに気づくことで、お互いの視点を理解することができ、その結果、気持ちも少し楽になりました。
皆さんの中にも同じように葛藤してきた方がいらっしゃると思います。
お互いが持つ思いや考えを尊重しながら、より良いコミュニケーションを築いていけるように努めていければっもっと楽に幸せを感じていくことができるかな?と思って書いてみました。
心から応援しています。
I support you wholeheartedly.
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#May all living things be happy!
そのステレオは今でも実家に鎮座しております。