こんにちは三好成子です。
ある通販サイトで色違いのスカートを買ったんですけど

商品の配達が終了しましたと言うお知らせが来たにもかかわらず、商品が手元に届いていませんでした。
その件で、配送業者に問い合わせたところ
なんと以前住んでいた住所にポストインしていると回答が返ってきました。
「しまった!そうだった。」
引っ越しの際に、住所変更を組まなくしたはずなんですけど、長い間使っていなかった通販サイトの住所変更がまだできていなかったんです。
これはもう完全にこちらの落ち度です。
2日前にポストに投函したという案内でしたので、家に戻ってみると、その家にはまだ誰も住んでいる形跡がなく、ありがたいことに空き家のままでした。
「助かった」と思って、ポストの中に配達されていた私宛の荷物を2つ手に取りました。
その時に、ぽろっと水道の検針と引き落としのお知らせの紙切れがポストから落ちました。
ポストに戻そうとして拾ったその小さな紙は、なんと私宛で2月3月の引き落としのお知らせが書いてありました。
驚いた私は急いで水道局に電話をして、事情を説明したところ『引っ越し手続きの際に開栓の手続きはしたけれど、閉栓の手続きが未完了』とのこと。
さかのぼっての支払い停止は出来ないということで、基本料金と少しの水道使用料を支払うことにはなりました。
だけど、今回このように引っ越してしまった家に荷物を取りに戻らない限りは、水道を止めるということに気がつかないまま何ヶ月か過ごしていたはずです。
そう思うと、滅多にない住所変更の忘れ(これ自体が私のポカミスですけど)がなければ、気がつかなかったということなんですね。
なんだか不思議な気持ちがしました。
もしかすると、こんなふうに直接ではないけれど『助けてもらっている』こと、『気づかさせていただいていること』がたくさんあるような気がしました。
自分に差し出された助けの手というものが、無限にあるような気もしました。
それに気がつくだけで、自分は何かに守られているんじゃないかという安心感に包まれるのです。
この安心感は
「自分なんてろくなもんじゃない」
「助けるに値しないんだ」
と、低い自己価値の元では気づけないものじゃないかなって思ったんです。
どんな小さな事にも「ありがたいなぁ」と感謝できたり「幸せだなぁ」という感覚で、周りを見渡す事が出来ると、ありがたい出来事や幸せな出来事が自分の周りに溢れてくるんじゃないかなって思います。
そのためには、自分で、自分のことを「よく頑張ってきたじゃないか」と、ねぎらってあげることが大切なんだなって思います。
だってあなたの頑張りはあなたが1番知ってるんですもの。
誰にわかってもらわなくてもいいから
自分で自分を褒めてあげましょうね。
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#私たちは充分頑張っています
#私のことを本当にわかっているのは私です
#私のことを厳しい目で見ているのも私です
#愛してあげましょう。自分のことも

朝、お散歩に出かける前には、今日のコーディネートという写真を撮ることがあります。
自分の気持ちを上げるために、ワンコのお散歩に出かけるときもお気に入り洋服を着てスキップしながら時を過ごしています。
今日も春らしいお洋服を選んだので、出かける前に玄関口で写真を撮れば…
何かが降臨した感じになりました(^∇^)♪
そしてまた自己価値が上がりました。とさ♪



ある通販サイトで色違いのスカートを買ったんですけど

商品の配達が終了しましたと言うお知らせが来たにもかかわらず、商品が手元に届いていませんでした。
その件で、配送業者に問い合わせたところ
なんと以前住んでいた住所にポストインしていると回答が返ってきました。
「しまった!そうだった。」
引っ越しの際に、住所変更を組まなくしたはずなんですけど、長い間使っていなかった通販サイトの住所変更がまだできていなかったんです。
これはもう完全にこちらの落ち度です。
2日前にポストに投函したという案内でしたので、家に戻ってみると、その家にはまだ誰も住んでいる形跡がなく、ありがたいことに空き家のままでした。
「助かった」と思って、ポストの中に配達されていた私宛の荷物を2つ手に取りました。
その時に、ぽろっと水道の検針と引き落としのお知らせの紙切れがポストから落ちました。
ポストに戻そうとして拾ったその小さな紙は、なんと私宛で2月3月の引き落としのお知らせが書いてありました。
驚いた私は急いで水道局に電話をして、事情を説明したところ『引っ越し手続きの際に開栓の手続きはしたけれど、閉栓の手続きが未完了』とのこと。
さかのぼっての支払い停止は出来ないということで、基本料金と少しの水道使用料を支払うことにはなりました。
だけど、今回このように引っ越してしまった家に荷物を取りに戻らない限りは、水道を止めるということに気がつかないまま何ヶ月か過ごしていたはずです。
そう思うと、滅多にない住所変更の忘れ(これ自体が私のポカミスですけど)がなければ、気がつかなかったということなんですね。
なんだか不思議な気持ちがしました。
もしかすると、こんなふうに直接ではないけれど『助けてもらっている』こと、『気づかさせていただいていること』がたくさんあるような気がしました。
自分に差し出された助けの手というものが、無限にあるような気もしました。
それに気がつくだけで、自分は何かに守られているんじゃないかという安心感に包まれるのです。
この安心感は
「自分なんてろくなもんじゃない」
「助けるに値しないんだ」
と、低い自己価値の元では気づけないものじゃないかなって思ったんです。
どんな小さな事にも「ありがたいなぁ」と感謝できたり「幸せだなぁ」という感覚で、周りを見渡す事が出来ると、ありがたい出来事や幸せな出来事が自分の周りに溢れてくるんじゃないかなって思います。
そのためには、自分で、自分のことを「よく頑張ってきたじゃないか」と、ねぎらってあげることが大切なんだなって思います。
だってあなたの頑張りはあなたが1番知ってるんですもの。
誰にわかってもらわなくてもいいから
自分で自分を褒めてあげましょうね。
#生きとし生けるものが幸せでありますように
#私たちは充分頑張っています
#私のことを本当にわかっているのは私です
#私のことを厳しい目で見ているのも私です
#愛してあげましょう。自分のことも

朝、お散歩に出かける前には、今日のコーディネートという写真を撮ることがあります。
自分の気持ちを上げるために、ワンコのお散歩に出かけるときもお気に入り洋服を着てスキップしながら時を過ごしています。
今日も春らしいお洋服を選んだので、出かける前に玄関口で写真を撮れば…
何かが降臨した感じになりました(^∇^)♪
そしてまた自己価値が上がりました。とさ♪


