私たちは、この世界に命を設けた時には

《お母さん》という体を通して感じていました。
完全に守られた中なので、五感が育つ時には『考える』事はなく『感じる』事に集中できたと思います。
私は、緊張するとすぐお腹を壊します。
怒り狂うと胃が熱くなります。
人の体って感情と繋がっているんだなぁって思います。
赤ちゃんがお腹の中にいる頃のお母さんは、それまでのお母さんよりも、とっても敏感になっていることが多いものです。
そんな敏感な、お母さんの体を通じて、お腹の中の赤ちゃんはこれから出て行く先の世界を感じながら、それに備えた準備をしていると想像して見てほしいと思います。
お母さんがその時置かれていた状況を、まるで自分のことのように感じていたとしたら…

ちょっと前までよく言われていた【胎教】もちょっとうなずける話でもありますね。
何かを教える胎教ではなくって、「この世界は楽しいんだよ。」「この世界は優しいんだよ」と、この世界を愛の目で見る、そんな時間を過ごしていて欲しいなって思いますよね。
今日のお話は、生まれた後もお母さんの感覚を通して、物事を見ているんじゃないかな?という物事の見方をします。
例えば、自分が幼いときの両親が、父親が弱々しくて、母親がとっても強くて、母親の意見で、物事が全部進んで行くという家庭に育ったとしましょうね。
そしてお母さんがいつもお父さんのことを馬鹿にしたような言い方で接していたとします。
子供と言うのは、お父さんも、お母さんも大好きで、お父さんも、お母さんも偉大な存在だと信じて生まれてくるわけです。
そこに区別や差別等は含まれていませんでした。
それにもかかわらず、子供がお父さんを少しだけ馬鹿にするような感覚になっていったとします。
それは間違いなくお母さんから見たお父さんなんですね。
お父さんの側から見たお父さんは、我慢強い、自分だったり、争いを好まない、優しい自分を感じているかもしれないでしょう?
罪悪感や無価値感もあるかもしれないけど、お母さんの言いなりになっていると言う事は、どこかでお母さんを認めているし、愛しているということじゃないかなって思います。
そういう側面が見えないのは、子供がまだそういうものが感じ取れないということは置いておいて、『お母さんの目を通して見たお父さん』をお父さんだと思っているからじゃないかなって思うんですね。
私たちが何か物事を見るときに「私だったら、こう思うのに」と言う心理学で言う【投影】が起きていることがあるというお話はたまに聞くと思います。
自分の思っていること、自分が感じたことも、他の人もそう感じているに違いないと思って、「あの人も、きっとこう思っているんだわ」と言う感じ方をするのを「投影しているよねっ」て言うんですけど、
実は、人を見るときにはもう少し複雑で、何段階も踏んでいるかもしれないんです。
自分の考え自体が、お母さんのフィルターを通してみた考え方を、あたかも自分の考えそのものだと感じてしまいながら、他の人を見る…
そんな複雑な相手の見方をしているんじゃないかな?ってイメージしてみませんか?
特に、私たちはお母さん(もちろん、お父さんもですが)笑わせたかったり、助けたかったりしていたんですね。
大好きな人が幸せであると言うことが何よりの喜びだったのが、私たちの幼い心なんです。
だけど、時代背景もあったりして、そんなに毎日毎日幸せそうな両親ではなかったかもしれないんですね。
すると、お父さんお母さんのネガティヴな感情を拾いやすくなります。
お父さんのネガティヴ。
お母さんのネガティヴ。
どちらも拾うんですけど、先程も書きました様に、私たちはお母さんのお腹の中でお母さんを通して物事を感じていました。
どうしてもお母さんの感覚に寄っちゃうみたいなんです。

今回のお話しを「これが真実なんだ!」ではなくて
「こんな考え方での見方をしたらどうだろう?」
という捉え方をしていただいて、いろんな考え方で問題を突破していこうじゃありませんか!
たくさんの人との出会い
たくさんの考え方との出会い
が私たちを問題から抜けさせてくれると思います。
心を柔らかくして、もっと楽に幸せモードになっていきましょう♪
毎日幸せです。
毎日問題は起こりますが
なぜか超えたら幸せが増します。
そして結果
毎日幸せです。

《お母さん》という体を通して感じていました。
完全に守られた中なので、五感が育つ時には『考える』事はなく『感じる』事に集中できたと思います。
私は、緊張するとすぐお腹を壊します。
怒り狂うと胃が熱くなります。
人の体って感情と繋がっているんだなぁって思います。
赤ちゃんがお腹の中にいる頃のお母さんは、それまでのお母さんよりも、とっても敏感になっていることが多いものです。
そんな敏感な、お母さんの体を通じて、お腹の中の赤ちゃんはこれから出て行く先の世界を感じながら、それに備えた準備をしていると想像して見てほしいと思います。
お母さんがその時置かれていた状況を、まるで自分のことのように感じていたとしたら…

ちょっと前までよく言われていた【胎教】もちょっとうなずける話でもありますね。
何かを教える胎教ではなくって、「この世界は楽しいんだよ。」「この世界は優しいんだよ」と、この世界を愛の目で見る、そんな時間を過ごしていて欲しいなって思いますよね。
今日のお話は、生まれた後もお母さんの感覚を通して、物事を見ているんじゃないかな?という物事の見方をします。
例えば、自分が幼いときの両親が、父親が弱々しくて、母親がとっても強くて、母親の意見で、物事が全部進んで行くという家庭に育ったとしましょうね。
そしてお母さんがいつもお父さんのことを馬鹿にしたような言い方で接していたとします。
子供と言うのは、お父さんも、お母さんも大好きで、お父さんも、お母さんも偉大な存在だと信じて生まれてくるわけです。
そこに区別や差別等は含まれていませんでした。
それにもかかわらず、子供がお父さんを少しだけ馬鹿にするような感覚になっていったとします。
それは間違いなくお母さんから見たお父さんなんですね。
お父さんの側から見たお父さんは、我慢強い、自分だったり、争いを好まない、優しい自分を感じているかもしれないでしょう?
罪悪感や無価値感もあるかもしれないけど、お母さんの言いなりになっていると言う事は、どこかでお母さんを認めているし、愛しているということじゃないかなって思います。
そういう側面が見えないのは、子供がまだそういうものが感じ取れないということは置いておいて、『お母さんの目を通して見たお父さん』をお父さんだと思っているからじゃないかなって思うんですね。
私たちが何か物事を見るときに「私だったら、こう思うのに」と言う心理学で言う【投影】が起きていることがあるというお話はたまに聞くと思います。
自分の思っていること、自分が感じたことも、他の人もそう感じているに違いないと思って、「あの人も、きっとこう思っているんだわ」と言う感じ方をするのを「投影しているよねっ」て言うんですけど、
実は、人を見るときにはもう少し複雑で、何段階も踏んでいるかもしれないんです。
自分の考え自体が、お母さんのフィルターを通してみた考え方を、あたかも自分の考えそのものだと感じてしまいながら、他の人を見る…
そんな複雑な相手の見方をしているんじゃないかな?ってイメージしてみませんか?
特に、私たちはお母さん(もちろん、お父さんもですが)笑わせたかったり、助けたかったりしていたんですね。
大好きな人が幸せであると言うことが何よりの喜びだったのが、私たちの幼い心なんです。
だけど、時代背景もあったりして、そんなに毎日毎日幸せそうな両親ではなかったかもしれないんですね。
すると、お父さんお母さんのネガティヴな感情を拾いやすくなります。
お父さんのネガティヴ。
お母さんのネガティヴ。
どちらも拾うんですけど、先程も書きました様に、私たちはお母さんのお腹の中でお母さんを通して物事を感じていました。
どうしてもお母さんの感覚に寄っちゃうみたいなんです。

今回のお話しを「これが真実なんだ!」ではなくて
「こんな考え方での見方をしたらどうだろう?」
という捉え方をしていただいて、いろんな考え方で問題を突破していこうじゃありませんか!
たくさんの人との出会い
たくさんの考え方との出会い
が私たちを問題から抜けさせてくれると思います。
心を柔らかくして、もっと楽に幸せモードになっていきましょう♪
毎日幸せです。
毎日問題は起こりますが
なぜか超えたら幸せが増します。
そして結果
毎日幸せです。