問題としては解決したはずなのに、なぜか1人でいるときに、思い起こしては無性に腹が立ってくると言うような事はありませんでしたか?
例えば、仕事で、部署で起きたミスを部長が私のせいだと決めつけて罵倒されたと言う出来事があったとします。
私が何の反論もできない位にその上司がキレて、私が悪いということでこの問題を落ち着かせようとされたとします。
いつもならば「私さえ我慢すれば、平和が戻るんだ」「仕方がないか」と思って引き下がるのですが
なんだか今回ばかりは、このまま私の責任で終わらせることに対して、ものすごく腹立たしく思ったとします。
「もうこんな会社辞めてもいい」と思うくらいに怒りが沸騰します。
いつもは上司の言いなりになっている私ではありましたが、自分の責任ではないと言うことを強く、強く反論します。
その結果、一悶着あって、上司の上司も巻き込んで、この問題が【私の正当性を認められた状態】で解決をしたとします。
今回の問題は、自分が悪くないと言うことを周りも認め、謝罪も受けて解決したとしましょう。
だけど「あの時のあの上司の言い方」や
「いつも私ばかりを悪者にして、私を困らせることで問題解決をしようとするやり方」みたいなことが、頭を駆け巡り、腹が立って、腹が立って仕方なくなって、まるであの出来事が、また今、そこで起きているような錯覚を起こすぐらいに怒りが消えないことってありませんか?
問題が解決しているにもかかわらず、自分の中にある怒りがおさまらないどころか、余計に燃え上がるような気持ちになるときには
その怒りは、今、目の前で起きている問題に対して感じている感情ではなく《自分が幼い頃に感じた》すごくショックな出来事が関係していることがとっても多いのです。
この例で言うと、理不尽に自分が悪いと言ってくる上司がまるで幼い頃の親と同じように感じていた可能性もあります。
そして、当時の自分の立場の弱さから、その理不尽さをいつも受け入れて、自分が悪者になる事で問題を収めていたあの時の
【言い返せなかった自分】を感じていた可能性があります。
そして今回、コップの中の満杯の水が、最後の一滴で溢れ出したときのように、過去の理不尽な出来事が次から次へと溢れて止まらなくなったのかもしれません。
「それは理不尽なんだ。」「私の責任では無いはずなんだ」ということをちゃんと言えたことで、自分に力がよみがえってきたと言う自覚が出たとします。
すると「私はこうして自分の権利を勝ち取ることができるんだ」と言う自分の中の力に気がつくと共に、【幼い頃に、自分の力がなくて、親の言うままになっていたあの時の自分】に対してのふがいなさというのがより際立って感じるようになるわけです。
そして、あの時の悔しさが、今に蘇って、悔しくて悔しくてたまらなくなるのですが、
理性的な自分はわかっているんですね「今怒ったたところで、どうしようもないじゃないか」ということを。
だから、今解決した同じ感情を抱く問題に対して「もっと怒らなくちゃ」、「もっと自分の中の積み重なってきた理不尽さや怒りを燃やしたい」と思って、今起きた事例に対してものすごく、【怒ることへの執着】をしてしまっているのかもしれません。
どうしても収まらない怒りには、過去の自分の我慢をした記憶があると思いませんか?
「あの時もそうだった」、「またこんなことを言われた」
そんな自分のパターンを「もう限界だ」と思っている時かもしれません。
限界だと思っている気持ちをちゃんと整理をして、過去の何に対して我慢をして生きてきたのかということを見つけ出して
悔しいのであれば、存分にその怒りを吐き出して
悲しいのであれば、その悲しみをしっかりと感じて
それが心の整理をしていくということなのですが、その心の整理をした上でさぁ、どう考えましょうか?これからどんなふうに生きていきましょうか?決めていけるんですね。。
そして、不思議なことに、その整理ができたときに、同じような嫌な出来事は起きなくなっていきます。
何故かわからないけれど、あんなに嫌だった人がそれほど嫌でもなくなっていきます。
インナーチャイルドと言いますが、自分の中にいた悔しくて我慢をしてらめきっていた。もう1人の幼い自分が、自分のこの悔しさを理解してもらったと思って、ほっとして納得するんですね。
そして、この問題に対してはもういいですと、今の自分に対して微笑みながら言ってくれているようなイメージなんですね。
何度も何度も繰り返す怒り。
思い出しては腹立たしく思い、同じ人を恨み続けるような出来事。
そんた心の状態は、私たちにとっては不自然であって、問題が解決したら心は落ち着いていくものです。
それなのに、何度も思い起こしては腹を立てるには、解決した出来事以外に、自分の中に残っている何かがあるんです。
何か原因があるから、怒りが収まらないんです。
その何かは一人ひとり違っているんです。
その一人一人違う何かを話し合って理解しあって共有して、安全なところで爆発させたければ爆発して、自分の中に溜まったものを一旦整理して、これからどうすればいいのかを考えていきましょう。
皆さんのお話を伺わせていただくのを待っています。

明日、3月のスケジュールが出ます。
お話しを聞かせてからくださいね。
例えば、仕事で、部署で起きたミスを部長が私のせいだと決めつけて罵倒されたと言う出来事があったとします。
私が何の反論もできない位にその上司がキレて、私が悪いということでこの問題を落ち着かせようとされたとします。
いつもならば「私さえ我慢すれば、平和が戻るんだ」「仕方がないか」と思って引き下がるのですが
なんだか今回ばかりは、このまま私の責任で終わらせることに対して、ものすごく腹立たしく思ったとします。
「もうこんな会社辞めてもいい」と思うくらいに怒りが沸騰します。
いつもは上司の言いなりになっている私ではありましたが、自分の責任ではないと言うことを強く、強く反論します。
その結果、一悶着あって、上司の上司も巻き込んで、この問題が【私の正当性を認められた状態】で解決をしたとします。
今回の問題は、自分が悪くないと言うことを周りも認め、謝罪も受けて解決したとしましょう。
だけど「あの時のあの上司の言い方」や
「いつも私ばかりを悪者にして、私を困らせることで問題解決をしようとするやり方」みたいなことが、頭を駆け巡り、腹が立って、腹が立って仕方なくなって、まるであの出来事が、また今、そこで起きているような錯覚を起こすぐらいに怒りが消えないことってありませんか?
問題が解決しているにもかかわらず、自分の中にある怒りがおさまらないどころか、余計に燃え上がるような気持ちになるときには
その怒りは、今、目の前で起きている問題に対して感じている感情ではなく《自分が幼い頃に感じた》すごくショックな出来事が関係していることがとっても多いのです。
この例で言うと、理不尽に自分が悪いと言ってくる上司がまるで幼い頃の親と同じように感じていた可能性もあります。
そして、当時の自分の立場の弱さから、その理不尽さをいつも受け入れて、自分が悪者になる事で問題を収めていたあの時の
【言い返せなかった自分】を感じていた可能性があります。
そして今回、コップの中の満杯の水が、最後の一滴で溢れ出したときのように、過去の理不尽な出来事が次から次へと溢れて止まらなくなったのかもしれません。
「それは理不尽なんだ。」「私の責任では無いはずなんだ」ということをちゃんと言えたことで、自分に力がよみがえってきたと言う自覚が出たとします。
すると「私はこうして自分の権利を勝ち取ることができるんだ」と言う自分の中の力に気がつくと共に、【幼い頃に、自分の力がなくて、親の言うままになっていたあの時の自分】に対してのふがいなさというのがより際立って感じるようになるわけです。
そして、あの時の悔しさが、今に蘇って、悔しくて悔しくてたまらなくなるのですが、
理性的な自分はわかっているんですね「今怒ったたところで、どうしようもないじゃないか」ということを。
だから、今解決した同じ感情を抱く問題に対して「もっと怒らなくちゃ」、「もっと自分の中の積み重なってきた理不尽さや怒りを燃やしたい」と思って、今起きた事例に対してものすごく、【怒ることへの執着】をしてしまっているのかもしれません。
どうしても収まらない怒りには、過去の自分の我慢をした記憶があると思いませんか?
「あの時もそうだった」、「またこんなことを言われた」
そんな自分のパターンを「もう限界だ」と思っている時かもしれません。
限界だと思っている気持ちをちゃんと整理をして、過去の何に対して我慢をして生きてきたのかということを見つけ出して
悔しいのであれば、存分にその怒りを吐き出して
悲しいのであれば、その悲しみをしっかりと感じて
それが心の整理をしていくということなのですが、その心の整理をした上でさぁ、どう考えましょうか?これからどんなふうに生きていきましょうか?決めていけるんですね。。
そして、不思議なことに、その整理ができたときに、同じような嫌な出来事は起きなくなっていきます。
何故かわからないけれど、あんなに嫌だった人がそれほど嫌でもなくなっていきます。
インナーチャイルドと言いますが、自分の中にいた悔しくて我慢をしてらめきっていた。もう1人の幼い自分が、自分のこの悔しさを理解してもらったと思って、ほっとして納得するんですね。
そして、この問題に対してはもういいですと、今の自分に対して微笑みながら言ってくれているようなイメージなんですね。
何度も何度も繰り返す怒り。
思い出しては腹立たしく思い、同じ人を恨み続けるような出来事。
そんた心の状態は、私たちにとっては不自然であって、問題が解決したら心は落ち着いていくものです。
それなのに、何度も思い起こしては腹を立てるには、解決した出来事以外に、自分の中に残っている何かがあるんです。
何か原因があるから、怒りが収まらないんです。
その何かは一人ひとり違っているんです。
その一人一人違う何かを話し合って理解しあって共有して、安全なところで爆発させたければ爆発して、自分の中に溜まったものを一旦整理して、これからどうすればいいのかを考えていきましょう。
皆さんのお話を伺わせていただくのを待っています。

明日、3月のスケジュールが出ます。
お話しを聞かせてからくださいね。