


かのスティーブン スピルバーグの『E.T.』
ご存知の方も多いと思います。

今日は彼の言葉を引用させて頂きます。









何年か前の講座で作ったスライドの一部です。
コレを思い出したのは、今年、10月に起きた出来事があまりにも予想を超えてネガティヴだった事で、私の《左脳》《思考》が完全に停止してしまった感じがしたのです。
考えて、考えて、考え抜いた事が全部うまくいかない…
考えた方が上手くいかない…
例を挙げると
母のことで言えば、老健さんにお世話になっていて、要介護3が要介護2にまでなって、喜んでいたのですが…
要介護2になったので、老人保険施設ではなく別のところに移らなければならなくなってしまいました。
そして、移った矢先、脳梗塞になり、寝たきりとなってしまいました。
私は自分のことを責めました。
あの時、母を新しい施設に移籍させなければ、こんな風にはならなかったんではないかと。
なぜなら、新しい施設の説明会に行った時に
私の直感のようなものが「ここは母には合わない」と囁いてきたんです。
『母はこういう雰囲気好きじゃ無いよな…』
血圧上がっちゃうかもな…
これはたまたまかもしれません。
施設の中の方々はとっても親切で、母のことを大切に扱ってくれていました。
それでも私には聞こえてきたんです。
それこそ直感でした。
その自分の中からの声に「だって仕方ないじゃない。今から前の施設に戻れるわけでもないんだから、ここでお世話になるしかないんだから」
そう自分に言い聞かせて「よろしくお願いします」とその施設を後にしたのです。
その後もなんだかモヤモヤは続いていました。
だけど、その感覚を「だって仕方がないじゃない」という言葉で押さえつけて、その直感がなかったことのように暮らしていた矢先のことでした。
『お母様が脳梗塞で…』
どこかで「やっぱりな」という声が聞こえました。
ネガティブな言葉で「やっぱりな」を感じるほど自分が嫌になります。
知ってたのに。
もうちょっと、自分の心に向き合っていたら良かったのに…
直感を無視した出来事でした。
この施設が良い悪いの問題ではなく、あの時『合わないかも?』と思ったのに『まぁ良いか』とスルーした私に対して悲しかったのです。
そのほかにも施設をあたってみて、ここに戻って来たならこんなに悲しくは無かったのでは無いかと感じます。
やるべき事をやらなかったのでは無いか?と…
仕方なかったと言えば、そうなんですけどね。
やろうと思えば出来たのにやらなかったというのは、なかなかの罪悪感です(´-`)
それでも、今更言っても仕方がないと思って
生活リズムを調整し始めた時に、借家のオーナーさんから「貸している家を使いたいので半年後までに出てください」と一報が入ります。
「えー、どうするよ」となり、『ペット可、一戸建て物件。』を探す事になります。
娘の勤め先の近く🟰今の家の近く
我が家はかなり立地の良い場所にあるので、そう簡単に物件は見つかりません。
自転車で20分
もしくは、電車で…
毎日賃貸業者さんに通い『ペット可、今の間取りに近い、現住所に徒歩、自転車通勤可』はぼぼ見尽くした感じでした。(賃貸業者様、その節はありがとうございました)
私的には「ここで良いやん…」という物件もありました。
直感ではなく、条件を満たすという意味で「ここで良いやん」でした。
早い話、疲れていたんです。
家は見つからない。
程よいものを見つけて来ても、娘がガンとして受け入れない。
まぁ、私も、「ここが良い、」と、ワクワクするほどのものでは無かったというのもあって、無理に決める決断もできなかったというのもあります。
母の事も、家の事も、お金がかかる…
どうするの?私
考えても、考えても、考えても、答えは見つかりませんでした。
そんな時にこのスライドを思い出したのです。

直感、本能ねぇ…
考えて、なんとかしようとして来た私のこれまでのやり方を手放してみよう…
手放すと言えばカッコよく聞こえるけど、もうそのやり方では身動きできなかったというのが本音でした。
早く楽になりたいからといって、全然ときめかない家に移り住む事を(娘の言葉を借りて)無意識が止めてくれているのなら…
そんな私に娘が言いました。
「なんでそんなに人のためにバタバタしんどい思いをしてるの?」
最初は意味がわかりませんでした。
「いや、人の為と言ってもその《人》の中にあなたは入っているでしょう?」
「あなたさえ了解してくれたらもう、次の家は決まっていたでしょう?それでも『人のためにバタバタしてるって言うわけ?」と、言いたくなる時もありました。
娘は続けます。
「出て行けと言われて、はいそうですかとすぐに動く。
向こうの都合で立ち退き迫られて文句言わず従う。何それ?」
私「貸してくれてありがとうと思うから…出ていかないと大家さんがここに戻って来れないでしょう?」
娘「ありがとうって言うけど、無償で借りてたってわけ?」
家賃7.5万円の20年🟰1800万は払ったよね。
娘「私だって20年の努力と、生活基盤がここにある。
簡単に『戻るので出ていってください』に『はいそうですか』は、わたしは言えない!」
はっとしました。
自分を置いといて、相手が困るだろうから…
それはそれで良い事もある。
ただ、自分を犠牲にしてまで相手のことを優先する癖はまだ残っていたというわけだったんだす。
相手が困らないように、早く家を見つけなきゃ!と、「これくらいでいいんじゃないの?」と言う自分に対する妥協案ばかりだったと今は思います。
自分はどう感じているのか?を?また置き去りにしていました。
今は自分の喜びに意識を向けて物事を見る方が大切なんじゃないかと思い直したのです。
母も年老いていく。
同然私も年老いていく。
娘だって、息子だって…その分成長していく。
その中で、私だけが動く歩道で反対方向に進もうとしているイメージが浮かびました。
なんとか自分の力で切り開いていく!
そうやって進んできました。
無鉄砲さもあったし、若さもありました。
自分以外の思惑に乗ったら怖いから、自分のやり方で生きていく!と、やって来た私は間違ってはいなかったけど
もう、そのやり方は通用しない。
サレンダー
身を委ねる
また、カッコつけてしまったけど
もう、何も出来なかったんです。
握りしめた手の握力も無くなって
何も考えられなくなって…
家の事も、母の事も、お金のことも、実家の管理やお墓の檀家関係の事も、何もかも考えられなくなって…
「何かが起きたらその時考えよう」と、娘と「どんな暮らしがしたい?」を話し合って、日々を丁寧に暮らそうと、考え方を変えました。
娘「お人形のメイク教室が出来るような部屋が欲しい」
私「明るい8畳くらいの部屋が良い。今、ちょっと暗いから」
娘「あー、それ必要。お母さんには、今より良い部屋に住んで欲しいってずっと思ってた。」
娘「それと、洋裁できる部屋と、ベッドルームと、ドールの撮影部屋」
私「それ、すごい家にならん?バカ高い家賃になりそう」
娘「それくらい望んでも良いやろ?
せっかくの住み慣れた家追い出されるんやから」
まぁ、夢見るのは自由だもんね
そんな会話をして数日後…
突然降って湧いたような素敵なお家が空くという情報が入りました。


ペット可
娘の職場まで徒歩20分
全室日が入る
住環境良好
で、なんなん?この3階の24畳って!
家賃は今より少しだけ高くなります。
でも全然大丈夫です。
こんな事あります?
ここに住めることになりました。
そして、初期費用や引っ越し費用の問題は、オーナーさんとも相当やり取りしたけど、『契約時に書面で立ち退き料等は請求しない』の記載があるから。』一銭も出さないと言われてしまったので「あら?」と、相談したり調べたりしました。
今は、借主に有利な法律になっているんだけどな…とは思ったけど、個人のオーナーさんだからキツいよな…
(ほらまた、自分の事より相手の立場考えてる!)
あちこちで相談したものの、自分が一番望んでいるものが平和なので、争わず、戦わずの方針を選びました。
『その方が私らしい』と直感が言いました^_^
戦っている時間を、将来のための有形無形資産に変える時期にしようと思います。
その話を息子にしたら『出したる』と二つ返事。
「これくらいのことしかしてあげられないけど」の嬉しい言葉付きで。

まだ、考えれば色々ありますが、今を大切にして、直感が降りて来やすい状態(観念とか思い込みを出来るだけ無くして)にして日々過ごしていこうと思っています。
いま、こんな感じで暮らしています。
みなさんはどうですか?
お話しを聞かせてくださいね。
