タイトルにあるように『私たちは幸せになるために生まれて来た』んです。
だけど、幸せではない人を見て育ったので『私だけが幸せになってはいけない』と、どこかで思ってしまったようです。
お母さんだったかもしれません。
お父さんだったかもしれません。
身近な誰かが、苦しそうにしていたら
小さなあなたは我慢を強いられたり、気を使って生きて来た事でしょう。
優しいあなたは「ねぇ、笑って」と頑張って周りを幸せにしようとして来ました。
でも、幼いあなたが出来ることは限られていました。
どうしても周りを幸せにできなかったあなたは「それならば」と、幸せそうにしていないあの人の気持ちを知ろうとしました。
気持ちを知るためには、その人になりきる必要がありました。
「どんな気持ち?」
あなたはその人の人生をなぞって生きるようになりました。
そして、苦しそうなあの人の人生とそっくりな生き方になってしまいました。
気付く事が大切
私たちは、人の人生を思いやりすぎて
その人の人生をそっくり真似る事で『どんな気持ち?』を知ろうとしていた事に気付く事が大切なんです。
「確かに…お母さんと同じ様な生き方、考え方をしてきたな」
と思う事もあるだろうし
「お父さんと違うタイプの人を選んだはずなのに…私がお父さんみたいに振る舞ってるじゃないか?」
それに気付いたら『私は何を感じて、どう生きたいの?」を常に自分に問いかけてください。
人の人生を背負ったな?と気付いて
自分の人生を生きるってどういう事?に意識を向けて欲しいのです。
最初はなかなか感じられません。
慣れた考えが自分の考えだと錯覚していますから。
「お母さんだったらどう考えるだろう?」が、まるで私の考えの様に感じています。
その時はだいたい『こっちが正しいよね?』が頭をよぎります。
『こっちの方が認められるよね?』ってちょっとでも過ったら、それはもう誰かの価値観を優先しています。
自分の感覚は、ただ『良い感じ』『それ、やりたい』『楽しそう』『好き』です。
他のことはやりくりしても優先したいと感じるかどうか?です。
私事ですが…

去年、友人に誘われて行った《堂本剛平安神宮奉納演奏》今年も行って来ました。
それも、二夜連続で京都平安神宮へ行って来ました。
私と友人は二人とも、自分の事を優先させる事がすごく苦手でした。
そんな私たちがこの数年の間に自分の喜びを優先する事を一番に行動し始めました。
初めは恐る恐るで、徐々に「自分のために、自分の喜びのためにお金と時間を使っても大丈夫なんだ」を体感し続けて来ました。
二人ともシングルマザーで、子育ても金銭的にも大変な時を過ごしました。
そんな私たちが、少しずつ欲しい豊かさを手に入れていると感じます。

今回の平安神宮奉納演奏へ行くに当たって充分に楽しみたいと思ったので、普段着ない様なファッションにしようと思いました。
一日目は、母の訪問者をワンピースに仕立て直ししてもらっていたものを着る事にしました。

平城京から平安神宮へ向かうにはピッタリの出立ちだな^_^と嬉しくなりながら第一夜を過ごしたのです。
こんな母を嬉しそうに写真に収めてくれる娘に「京都祇園店にしかないミッフィー(限定版)をゲットして来て」というミッションも果たして



深夜に帰宅しました。
そして第二夜は

第一夜より冒険してみました。
京都に向かう直前に平城京跡に立ち寄ってみたりして、ファッションを楽しむ私を

過去の私が知ったら驚いただろうなぁって思います。
自分の殻を破る
自分の殻を破るという言葉があります。
これは、後天的に自分を覆わせていた自分以外の誰かの価値観を破るという事じゃないかと思うのです。
「そんな事したら恥ずかしい」
「⚪︎⚪︎なんだから⚪︎⚪︎らしくしなさい」
という声が、自分らしさを覆い隠していたのではないかと感じます。
私が私の好きな様に生きたら、誰かに否定されると思い込んでいたんだと気付きました。
そして、誰も否定しないという事も
万が一否定された所で痛くも痒くもないんだと思える自分になりつつある事も感じられました。
ある一定の時代に、窮屈な暮らしを経験したことも今の私には宝の時代でした。
あの時には想像もしなかった幸せを手に入れた今は、今どんな窮屈な思いをされていたとしても、そこは抜けられるんだということをお伝えし続けていこうと思います。



なぜなら私たちは
幸せになるために生まれて来たのですから。


9/12

だけど、幸せではない人を見て育ったので『私だけが幸せになってはいけない』と、どこかで思ってしまったようです。
お母さんだったかもしれません。
お父さんだったかもしれません。
身近な誰かが、苦しそうにしていたら
小さなあなたは我慢を強いられたり、気を使って生きて来た事でしょう。
優しいあなたは「ねぇ、笑って」と頑張って周りを幸せにしようとして来ました。
でも、幼いあなたが出来ることは限られていました。
どうしても周りを幸せにできなかったあなたは「それならば」と、幸せそうにしていないあの人の気持ちを知ろうとしました。
気持ちを知るためには、その人になりきる必要がありました。
「どんな気持ち?」
あなたはその人の人生をなぞって生きるようになりました。
そして、苦しそうなあの人の人生とそっくりな生き方になってしまいました。
気付く事が大切
私たちは、人の人生を思いやりすぎて
その人の人生をそっくり真似る事で『どんな気持ち?』を知ろうとしていた事に気付く事が大切なんです。
「確かに…お母さんと同じ様な生き方、考え方をしてきたな」
と思う事もあるだろうし
「お父さんと違うタイプの人を選んだはずなのに…私がお父さんみたいに振る舞ってるじゃないか?」
それに気付いたら『私は何を感じて、どう生きたいの?」を常に自分に問いかけてください。
人の人生を背負ったな?と気付いて
自分の人生を生きるってどういう事?に意識を向けて欲しいのです。
最初はなかなか感じられません。
慣れた考えが自分の考えだと錯覚していますから。
「お母さんだったらどう考えるだろう?」が、まるで私の考えの様に感じています。
その時はだいたい『こっちが正しいよね?』が頭をよぎります。
『こっちの方が認められるよね?』ってちょっとでも過ったら、それはもう誰かの価値観を優先しています。
自分の感覚は、ただ『良い感じ』『それ、やりたい』『楽しそう』『好き』です。
他のことはやりくりしても優先したいと感じるかどうか?です。
私事ですが…

去年、友人に誘われて行った《堂本剛平安神宮奉納演奏》今年も行って来ました。
それも、二夜連続で京都平安神宮へ行って来ました。
私と友人は二人とも、自分の事を優先させる事がすごく苦手でした。
そんな私たちがこの数年の間に自分の喜びを優先する事を一番に行動し始めました。
初めは恐る恐るで、徐々に「自分のために、自分の喜びのためにお金と時間を使っても大丈夫なんだ」を体感し続けて来ました。
二人ともシングルマザーで、子育ても金銭的にも大変な時を過ごしました。
そんな私たちが、少しずつ欲しい豊かさを手に入れていると感じます。

今回の平安神宮奉納演奏へ行くに当たって充分に楽しみたいと思ったので、普段着ない様なファッションにしようと思いました。
一日目は、母の訪問者をワンピースに仕立て直ししてもらっていたものを着る事にしました。

平城京から平安神宮へ向かうにはピッタリの出立ちだな^_^と嬉しくなりながら第一夜を過ごしたのです。
こんな母を嬉しそうに写真に収めてくれる娘に「京都祇園店にしかないミッフィー(限定版)をゲットして来て」というミッションも果たして



深夜に帰宅しました。
そして第二夜は

第一夜より冒険してみました。
京都に向かう直前に平城京跡に立ち寄ってみたりして、ファッションを楽しむ私を

過去の私が知ったら驚いただろうなぁって思います。
自分の殻を破る
自分の殻を破るという言葉があります。
これは、後天的に自分を覆わせていた自分以外の誰かの価値観を破るという事じゃないかと思うのです。
「そんな事したら恥ずかしい」
「⚪︎⚪︎なんだから⚪︎⚪︎らしくしなさい」
という声が、自分らしさを覆い隠していたのではないかと感じます。
私が私の好きな様に生きたら、誰かに否定されると思い込んでいたんだと気付きました。
そして、誰も否定しないという事も
万が一否定された所で痛くも痒くもないんだと思える自分になりつつある事も感じられました。
ある一定の時代に、窮屈な暮らしを経験したことも今の私には宝の時代でした。
あの時には想像もしなかった幸せを手に入れた今は、今どんな窮屈な思いをされていたとしても、そこは抜けられるんだということをお伝えし続けていこうと思います。



なぜなら私たちは
幸せになるために生まれて来たのですから。


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