こんにちは♪三好成子です。
お盆の最中に台風が来て…
「頑張ってお掃除したお墓周辺も木の枝や葉っぱやなんやかやで荒れているんだろうなぁ…」
と思いつつ
「ま、ご先祖さんが帰宅中の実家をスッキリさせれば良いか!」
という事で^_^
娘と二人で実家の大掃除を始めたのが先月末の事でした。
結構広い敷地面積の我が実家は『捨てられない』母が溜めに溜めた食器や日用品であふれかえっているのでした。
田舎暮らしは、必要なものを直ぐには買いに行ける距離に店舗が無いので、どうしても《ストック》が多めになります。
それが、備蓄用の水といった必要なものなら良いのですが、ありとあらゆるものが複数個あります。
目に入りやすいのはプラスチックのカゴのような物です。
押し入れの中には『お茶碗100個』『湯呑み100個』等々、今の私には考えられない単位で食器が詰め込まれているのです。
タオルも旅館並みに積み重なって、このままでは一生涯用途を果たさず朽ちていきそうなタオルもあったりして、そのおびただしい物の集まりを発掘するたびに娘の悲鳴に近い叫び声が上がります。
広い家にポツンと暮らす寂しさなのかな…
と、一つ一つのものを手に取って思いにふけっていると
「要らんもんは、要らん!新しい物が入らへんようにやってしまうで!」
という娘の言葉が飛んできては「はっ!」と我に返り、キッチンとリビングだけで出た不用品の一部がこれです。


これ、一部屋分です
これじゃあ、新しいものが入って来ても、すぐにわからなくなるし、喜びも無いよねーって感じです。
安価なプラスチック製品は手に入れやすいのでついつい簡単に買ってしまいますが、思い入れが少ない分雑な扱いになってしまいがちです。
壊れたら「また変えば良いや」となるんです。
「代用品はいつでも手に入る」るという扱いを身の回りのものにしていると、それが自分の扱いにも通じしまいそうです。
断捨離名人となっている娘曰く「要らないものを捨てるのではなく《要るものだけを残す》」のだそうで…
なるほど…です。
元の写真を撮り忘れて比較は出来ないのですが

こーんなにひろくなりました。
(キッチンの上はまだ終わっていないんですけど)
どこに何があるか?を、わかりやすく収納してしまうと、探すという時間が無くなるので他の事に人生の、大切な時間を使う事が出来ます。
母を見て育った私は、モノに溢れて、必要ではないモノが何個もあって、壊れたら新しいモノを買って使えば良いじゃん!の価値観を知らないうちに持っていたようです。
私に対して否定的だった娘だからこそ、私のやり方(祖母のやり方)を冷静に見て修正出来たんだと思います。
どうしても『親の方が正しい』的な感覚を持ってしまいがちですが、親から引き継いだ習慣の中で「変えたほうが楽」なものは素直に聞くのが良いです。
そんな事を書くと、母が全然ダメみたいに感じるかもしれませんが、お仏壇の整理をしたのは母で、畑や前庭をいつも綺麗にしていたのは母でした。
徐々に溜まっていくものは当人には気が付かないものです。
少し離れて、客観的に見ている人の意見も聞けるくらいの心の余裕も必要かもしれません。
めちゃくちゃ大きな問題だと思っていたものも、一つ一つ片付けて行くと、自分で対処しやすくなります。
私も、押し入れを開けた時「こんな大量の日用品をどうして良いかわからない」と、そっと閉めて無かった事にしていました。
そこに切り込んできた娘には感謝です。
一人では出来ない事も、誰かの力添えがあれば出来るものです。
ココロの大掃除は私もお手伝い出来ますのでお申し出くださいね。
さて、大量のゴミを車庫に集めて15日のゴミ収集に出す段取りをしていたら連絡が入りました。
「明日台風なので収集は無しです」
ま、そういう事もあります…
ゴミ出しの日の予定に合わせたつもりが、お盆にも関わらずガレージはゴミの山となり

予定をしていた棚参りも取りやめになり

去年の写真を貼っておきます。
いつも通りではないけれど、なんだかココロの整理までついたような気持ちになる一日でした。

時刻は午後の7時。
どんどん雨足も強くなって来た実家を後に、奈良に帰って来ました。
台風の影響を受ける地域の皆様。
どうぞご安全にお過ごしくださいませ。

お盆の最中に台風が来て…
「頑張ってお掃除したお墓周辺も木の枝や葉っぱやなんやかやで荒れているんだろうなぁ…」
と思いつつ
「ま、ご先祖さんが帰宅中の実家をスッキリさせれば良いか!」
という事で^_^
娘と二人で実家の大掃除を始めたのが先月末の事でした。
結構広い敷地面積の我が実家は『捨てられない』母が溜めに溜めた食器や日用品であふれかえっているのでした。
田舎暮らしは、必要なものを直ぐには買いに行ける距離に店舗が無いので、どうしても《ストック》が多めになります。
それが、備蓄用の水といった必要なものなら良いのですが、ありとあらゆるものが複数個あります。
目に入りやすいのはプラスチックのカゴのような物です。
押し入れの中には『お茶碗100個』『湯呑み100個』等々、今の私には考えられない単位で食器が詰め込まれているのです。
タオルも旅館並みに積み重なって、このままでは一生涯用途を果たさず朽ちていきそうなタオルもあったりして、そのおびただしい物の集まりを発掘するたびに娘の悲鳴に近い叫び声が上がります。
広い家にポツンと暮らす寂しさなのかな…
と、一つ一つのものを手に取って思いにふけっていると
「要らんもんは、要らん!新しい物が入らへんようにやってしまうで!」
という娘の言葉が飛んできては「はっ!」と我に返り、キッチンとリビングだけで出た不用品の一部がこれです。


これ、一部屋分です

これじゃあ、新しいものが入って来ても、すぐにわからなくなるし、喜びも無いよねーって感じです。
安価なプラスチック製品は手に入れやすいのでついつい簡単に買ってしまいますが、思い入れが少ない分雑な扱いになってしまいがちです。
壊れたら「また変えば良いや」となるんです。
「代用品はいつでも手に入る」るという扱いを身の回りのものにしていると、それが自分の扱いにも通じしまいそうです。
断捨離名人となっている娘曰く「要らないものを捨てるのではなく《要るものだけを残す》」のだそうで…
なるほど…です。
元の写真を撮り忘れて比較は出来ないのですが

こーんなにひろくなりました。
(キッチンの上はまだ終わっていないんですけど)
どこに何があるか?を、わかりやすく収納してしまうと、探すという時間が無くなるので他の事に人生の、大切な時間を使う事が出来ます。
母を見て育った私は、モノに溢れて、必要ではないモノが何個もあって、壊れたら新しいモノを買って使えば良いじゃん!の価値観を知らないうちに持っていたようです。
私に対して否定的だった娘だからこそ、私のやり方(祖母のやり方)を冷静に見て修正出来たんだと思います。
どうしても『親の方が正しい』的な感覚を持ってしまいがちですが、親から引き継いだ習慣の中で「変えたほうが楽」なものは素直に聞くのが良いです。
そんな事を書くと、母が全然ダメみたいに感じるかもしれませんが、お仏壇の整理をしたのは母で、畑や前庭をいつも綺麗にしていたのは母でした。
徐々に溜まっていくものは当人には気が付かないものです。
少し離れて、客観的に見ている人の意見も聞けるくらいの心の余裕も必要かもしれません。
めちゃくちゃ大きな問題だと思っていたものも、一つ一つ片付けて行くと、自分で対処しやすくなります。
私も、押し入れを開けた時「こんな大量の日用品をどうして良いかわからない」と、そっと閉めて無かった事にしていました。
そこに切り込んできた娘には感謝です。
一人では出来ない事も、誰かの力添えがあれば出来るものです。
ココロの大掃除は私もお手伝い出来ますのでお申し出くださいね。
さて、大量のゴミを車庫に集めて15日のゴミ収集に出す段取りをしていたら連絡が入りました。
「明日台風なので収集は無しです」
ま、そういう事もあります…
ゴミ出しの日の予定に合わせたつもりが、お盆にも関わらずガレージはゴミの山となり

予定をしていた棚参りも取りやめになり

去年の写真を貼っておきます。
いつも通りではないけれど、なんだかココロの整理までついたような気持ちになる一日でした。

時刻は午後の7時。
どんどん雨足も強くなって来た実家を後に、奈良に帰って来ました。
台風の影響を受ける地域の皆様。
どうぞご安全にお過ごしくださいませ。

