誰を見ても『かわいそうな人』に仕立て上げていく
パーソナルスペース
私が出会ってきた人の中に、近づいた人を飲み込む沼を持っている人がいました。(身内ですが・・・)

人にはパーソナルスペースというものがあって、みんなそれぞれに「この辺りまでは入ってこないでね♪という範囲を持っているんです。
「ここに入ってきてもいい人以外は、ちょっと遠慮してね」という自分を守るためのスペースです。

その範囲は、人それぞれ違っているので、つい入り込んでしまってトラブルを起こしたり、「全然近づいてくれなくて寂しい」と思わせたり、結構これが正解って言うものはないんですね。
生い立ちや気質によってつくられたこの輪っかのようなものは、ある意味その人固有の個性ともいえると思うんですね。
この範囲に入った時に感じるものが、その人の個性だったり雰囲気になると思うんです。
『かわいそうな人』
このパーソナルエリアに入ってきた人を全て『かわいそうな人』『弱い人』と決めつけて、沼に引きずり込んでしまう人がいます。








『かわいそうな人を助けようとする私』を繰り返します。
どうせ私は誰も助けられない…
過去に、「助けたかった人を助けられていないのではないか」という思いが強く残っていると、助けられなかったと感じたのは過去の事なのに、今現在の出来事や、出会った人を使って過去の助けたかった思いを再現しようとすることがあります。もちろん、これは無意識なのです。
無意識が怖いのは、わからずにやっていることなんですね。
無意識は、知らず知らずに『かわいそうに見える人』を探しています。
人はいつも能天気に、楽しい場面ばかりではないので、たまにはちょっと落ち込んでしまう事もあるんですけど、それを見つけたこの人は、ここぞとばかりに介入してきて助けようとし始めます。
「そこまで悩んでいないんですけど…」と思う事も「あなたって本当にかわいそう」な目で見られると、なんだか私ってかわいそうなの?って思い始める人も出てくるかもしれません。
そんな時、この人の持つ『かわいそうの道連れの沼』に引きずり込まれる…のです。

助けてもらう事はすごくありがたいことでもあるのですが、沼になると、自分では身動き取れなくなってしまうので、本来なら自分で行動して、自分で解決していけるようなものでさえ、何もできず沈んでいくという事が起きます。
親が、「この子は何もできないダメな子なの」というのも同じです。
「うちの主人は甲斐性が無くて、私がしっかりしないと駄目なのよ・・・」もそうかもしれません。
そして、助けられたのならばまだましなのですが、過去に「助けたい人を助けられなかった傷」を持っていて、その傷を再現して感じて、「やっぱり私は誰も助けられなかった、ダメな人間なんだ」を証明したくなるという無意識が起きると…


目の前の、かわいそうと自分が認定した人を使って『助けられない自分』の証拠集めをしていくことになってしまいます。
このパターンは、自分がどれほどダメかという事をなぞって強化していくというものですが、もう一つは、かわいそうな人を助ける事で、もともと無い自己価値を保とうと無意識が働くことがあるのです。
私は人より素晴らしいことを証明したい
もう一つは、かわいそう認定をした人を、かわいそうの沼に漬けた後に引っ張り上げて助ける事で、自分の価値を上げようとするパターンのお話です。
誰かを助ける素晴らしい私を繰り返して、

と思いたいようです。
それくらい自分の価値が低いんですね。
もともとの世界観が「この世界はひどい」なので、どんなに助けても楽になることはないんですね。

誰も助からない世界なんですね。
出会った人の光を見る
パーソナルスペースはその人の個性
私たちの持っているパーソナルスペースは、その人の持っている雰囲気に比例すると思います。そのエリアに入った瞬間、なんだか幸せになる気がする人がいます。

私たちは、自分で自分の人生をつくる能力を持っています。
それを知っている人は、人をどういう人だという決めつけはしてこないと思います。

もしも、決めつけていることがあるとしたら
「あなたは幸せになると決まっている」

なんですよね。
幸せになるという思いで見てもらった人は、他の人にも「あなたは幸せになるに決まっている」という目で見ることができるんですね。
なぜなら、幸せを見てもらった人はその幸せを掴むことができるし、実感するんです。
だから、自分が経験したことは自信を持って人に伝える事が出来るんですね。

人を見る時は「しあわせになるに決まっている人」として見る
私たちは、誰一人として「かわいそう」に生まれてきていないのです。
すべての人は、「幸せになる」ために生まれてきています。
この視点は、他人を見るときにも自分自身を見るときにも、非常に重要です。
心理学的には、自己実現の欲求やポジティブ心理学の観点から、人々は本質的に成長し、幸せを追求する力を持っているとされています。
これは、アブラハム・マズローの「欲求階層説」にも関連しています。
マズローは、人間は基本的な生理的欲求や安全の欲求を満たすと、次第に社会的欲求や自己実現の欲求に向かって進んでいくと主張しました。
私たちはみんな、自分の力で人生を切り開いていく能力を持っています。これを信じることが、自分自身や他人に対してポジティブな影響をもたらします。
自己効力感(self-efficacy)という概念は、この自己信頼の重要性を示しています。
自己効力感とは、自分が目標を達成できる能力を持っているという信念のことです。
高い自己効力感を持つ人々は、困難な状況に直面しても挑戦し続け、最終的には成功を収める傾向があります。
さらに、人々が互いにサポートし合うコミュニティの中で生きることの重要性も無視できません。
社会的サポートは、ストレスの軽減や心理的な健康維持に寄与します。
したがって、他人を見るときに「この人はしあわせになるに決まっている」と思うことは、その人の成長と幸福を信じ、応援する姿勢を意味します。
経験を共有し合うことも、大切な要素です。
自分の経験から得た知恵や教訓を他人と共有することで、その人が同じ困難を乗り越える手助けをすることができます。
ちょっと先を歩いた者が、自分の経験から得たヒントを提供することで、他人の成長と幸福をサポートできるのです。
このような視点を持つことで、私たちは互いに成長し、しあわせを追求する力を引き出し合うことができるのです。
人を見るときには、その人が持っている無限の可能性を信じ、「しあわせになるに決まっている人」として見続けることが、私たちのコミュニティ全体の幸福につながります。
終わりに
私たちはみんな、幸せになるために生まれてきています。
そして、他人を見るときにその人の無限の可能性を信じることが、個人とコミュニティ全体の幸福につながるのです。
あなた自身も、他人も、みんなが幸せになる力を持っていることを信じ、その力を引き出し合うことで、より良い社会を築いていきましょう。
生きとし生けるものが幸せでありますように。