彼女の心は、常に愛されたいという願いで満たされており、その気持ちは大人になっても変わりませんでした。
人々から愛されやすい性格でありながら、常に愛が足りないと感じていたのです。
彼女の母親は、彼女にとって偉大で完璧な存在でした。
母親の喜びを見つけるために、彼女はあの手この手で努力し続けました。
学生時代、彼女はお絵かきや読書感想文で数々の賞を受賞しましたが、母親からの褒め言葉は一度ももらえませんでした。それは、「普通のこと」と片付けられてしまいました。
それでも彼女は、母親のように素晴らしい人になりたいと願い続けました。
しかし、母親の喜びを感じることはなく、自分の存在が母の喜びであるとは感じられませんでした。
母親は常に正しく、彼女が母親の言う通りにすれば完璧な人生を送れると思い続けたのです。
後に彼女は、母親が自分を引き立てるために存在しているのだと感じるようになりました。
母親は、彼女が褒められることを自分の素晴らしさの証明と捉えていました。
そのことに気付いた彼女は、母親が自分を上に立たせるために他者を利用し、孤立していく様子を理解しました。
彼女は、自分が母親に対する怒りを抱えていることを自覚し、母親の反応が「そっとしておく」という無視であることに気付きました。
それは、庭園の池に放たれた鯉のように、触れられることもなく、意見を聞いてもらえるわけでもない状況でした。
彼女は水の中から見る世界が全てだと感じていたのです。
その後、彼女は自分の力で餌を取り、外気に晒され、生きることの厳しさを知ることで、世界には気温があり、人には体温があることを知りました。
人それぞれに感情があり、彼女が母に共感されていないことに気付くのです。
彼女は、母が完璧な人ではないのではないかと思い始めました。
娘から教えられた「おばあちゃんはおかしい」という感性に最初はいぶかしく感じたのですが、事実と照らし合わせていくにつれて、確かに娘が感じた「おかしい」に母親が合致することに気付きました。
母親は絶対に人を褒めず、自分が上に立たないと気が済まない人だったのです。
その気付きの瞬間、彼女の中にあった暗示的なものが外れる感覚がありました。
彼女は、自分が愛される価値がないわけではなく、母親が自分のダメなところを隠すためにマウンティングしていたことを理解しました。
彼女は、自分の価値を取り戻すためには、母親が思うように愛することに興味がないと認めることが必要だと感じました。
それは痛みを伴うものでしたが、気付くことで自分を取り戻せるのです。
彼女は、自分の価値を取り戻し、愛されたいと願う場所から、愛そうという場所へと移動しました。
心理学の教えによれば、「あなたが欲しくても手に入らないものは、あなたが与えるんですよ」と言われています。
彼女は最初、その言葉に反発しましたが、与えることの難しさを知り、自分が少し成長したように感じました。
彼女は、愛して欲しいと願う気持ちを手放し、自分らしい素晴らしい世界を見つけることができると信じています。
親という存在が子供にとってどれほど大きなものであるかを感じると共に、親神話から外れることの難しさも実感しました。
彼女は、自分が親神話から外れることで、いろんな囚われから解放されると信じるのでした。