学校へ行けなくなって、心を閉ざしたあの子と、繋がりを持ち続けたかった…
何をしてもダメだった私でしたが、書き続けたメモがあります。
あ
















不登校になって、引きこもってしまってから、あれこれと動き回った結果
私と顔を合わせることを拒否し続けた我が子に、私が出来る事は
ご飯を作り置きすること。
さっさと出勤して、我が子がリビングに降りてきて自由に出来る時間を作ること。
休みの日でも外出すること。
そして、B5のコピー用紙の束を買ってきて、そこに毎日一枚のメモを残すこと。
読まなくても良い、今日は何をするか、何時に帰るか、また、ほんの少し伝えたい事を書き続ける日々でした。
私が出来るせめてものコミニュケーション。
外に出て仕事をしている方が楽だったあの頃。
お互いの罪悪感が絡み合って、毎日が重苦し買ったあの頃に、私が出来る事はたったこれだけでした。
こんな事を続けて7ヶ月がだった頃、私が書いたメモの下に、子供からのメッセージがありました

『ちろの目が変』
『ちろ』というのは当時飼っていたミニチュアダックスの名前です。
その「ちろ」の目がちょっと赤いということを、走り書きしていたのです。

その日から、たまーにメモの返事が書いてある日があって、私も業務連絡みたいな文章以外に、昨日あったことや、見聞きした面白そうな話を少し書く様になりました。
そして、それから3ヶ月後
私のいるリビングに降りてくる我が子。
それからも結構大変な事が続きましたが、引きこもっても10ヶ月よりは短く、三日こもればなんとなく出てくる様になりまさした。
遠い昔の様にも、つい最近の様にも思い出す、子供の思春期の出来事です。
全ては懐かしい思い出に変わりました。
生きとし生けるものが幸せでありますように



