私たちは心の中に大きな玉を持っていて

ここに入るのは言葉で言うと《愛》で、いつもこの大きな玉を誰かのために差し出したいと思っています。
言葉にすると
愛したい
視覚的に表現すると

こんな感じね。
ぷりっぷり
の、完全なる愛を差し出したいって思ってるとしますよね?
みーぃんな、誰かを、何かを愛したいって思ってる!
私はそう思っています。
でもどうでしょう?
サッと、この愛を差し出していますか?
これ、大人になった私たちにはちょっと難しいんですよね。
恥ずかしいとか、どう思われちゃうんだろう?とか、なんだかいろんな雑念が入ってくるんです。
ねぇねぇ〜お母さん。お父さん。おじいちゃん。おばあちゃん。
これあげる

子供の頃ってみんなこうでしたよね?
メチャクチャ素直に、全く欠けの無い愛を差し出していた頃ってあったと思うんです。
それがどんどん言えなくなっていませんか?
私の愛はなんだか欠けているみたいに感じて…

差し出せなくなっていませんか?
こんな愛、もらっても嬉しく無いよね?
そう思うようになっていませんか?
成長するに従って、いろんな場面で、いろんな痛い経験を重ねて
その度に、自分の愛がすり減ってしまうような、奪われたような…
そう感じると、
私の愛は完璧じゃないんだもの
こんなのもらったって嬉しくないよね?
もっと完璧にしなくっちゃ、誰にもあげられないわ!
でもどうしてこんなに欠けちゃったの?
私が悪い?
いや!私は悪くない
あの人達が悪い!
もっと私に愛を与えるべきだったのよ!
私を愛してくれるべきだった人に、
私を傷つけたあの人のせいで私はこんなになってしまったと、悔しい気持ちが膨らんできます。
その気持ちは『もっとちゃんと愛するべきだった』人たちに、もっとちゃんと愛してもらいたいという気持ちに変わって

まん丸の、ぷりっぷりのあなたの愛の部分を
『愛してもらっていない分を、愛するべき人から奪いたい』と思うことで、あなたの愛が欠けているという感覚を強くしてしまいます。
欠けた愛は不完全だ!
そんなもの…差し出せない。もっと愛をもらわなくちゃ。もっと完全な丸にしなくっちゃ。
もっと愛を奪わなくっちゃ…
そして、どんどん差し出せなくなっていくのです。
欲しい、欲しいと思えば思うほど、あなたの本来の愛が減っていく(様な気持ちになる)のです

本当は、こんな形の完全な愛を差し出したい。

だけど…
こう思った…
自分の愛を飢餓感と怒りで押しつぶしていった。
どんどんつぶしていったのです。



愛して欲しいと思えば思うほど
あなたは自分の愛の部分をないことにして

無い事にして
欠けた事にして
空になった空間に、人からの愛を詰め込もうとしたんです。
でも、じゅうぶんな愛がもらえない…
それはそうです。
奪った愛では 埋められないからです。
それを一番知っているのはあなたのはずなんです。
あの時ほしかった愛は、今何をもらっても埋められません。
だってあの時ほしかった愛はあの時の形そのままで欲しいんですもの。
そして…

こんな嫌な私から、愛してもらったって嬉しくはないはず!…と…悪循環に陥っていきます。
この悪循環を、好循環に戻します!

あの時のあなたに戻します。
方法はあります!

そう思うんです!
ここは根性です!
私は変わりたい!
変わるんだ!
もっと自分を好きになるんだ!
という強い気持ちで頑張るんです!
ここだけが頑張りどころです。

うん、わかります。
私もそう思い続けて苦しんでいました。
そして、こうも思いました、
そう思うように、そう思えるように

と、ずっと怒っていました。
でも、意識を変えるのは自分なんです。
誰も変えてくれません。
それは

この意識と同じです。
ここでグルグルしているのと同じなんです。
最初は本気で思わなくてもいいです。
こう思わなくちゃ!でも良いです。


もらわなくても愛はある!

あの時のあなたと何ら変わっていません。
自分で勝手に

削って来たんです。
さあ!
あなたはもうすでに持っています。

最初は自分で自分をだましだまし、愛がある事にしてイメージしてください。
すると、欲しい、欲しい、が減ってくると同時に自分の事がもっと好きになってきます。

ここに入るのは言葉で言うと《愛》で、いつもこの大きな玉を誰かのために差し出したいと思っています。
言葉にすると
愛したい
視覚的に表現すると

こんな感じね。
ぷりっぷり
の、完全なる愛を差し出したいって思ってるとしますよね?みーぃんな、誰かを、何かを愛したいって思ってる!
私はそう思っています。
でもどうでしょう?
サッと、この愛を差し出していますか?
これ、大人になった私たちにはちょっと難しいんですよね。
恥ずかしいとか、どう思われちゃうんだろう?とか、なんだかいろんな雑念が入ってくるんです。
ねぇねぇ〜お母さん。お父さん。おじいちゃん。おばあちゃん。
これあげる

子供の頃ってみんなこうでしたよね?
メチャクチャ素直に、全く欠けの無い愛を差し出していた頃ってあったと思うんです。
それがどんどん言えなくなっていませんか?
私の愛はなんだか欠けているみたいに感じて…

差し出せなくなっていませんか?
こんな愛、もらっても嬉しく無いよね?
そう思うようになっていませんか?
成長するに従って、いろんな場面で、いろんな痛い経験を重ねて
その度に、自分の愛がすり減ってしまうような、奪われたような…
そう感じると、
私の愛は完璧じゃないんだもの
こんなのもらったって嬉しくないよね?
もっと完璧にしなくっちゃ、誰にもあげられないわ!
でもどうしてこんなに欠けちゃったの?
私が悪い?
いや!私は悪くない
あの人達が悪い!
もっと私に愛を与えるべきだったのよ!
私を愛してくれるべきだった人に、
私を傷つけたあの人のせいで私はこんなになってしまったと、悔しい気持ちが膨らんできます。
その気持ちは『もっとちゃんと愛するべきだった』人たちに、もっとちゃんと愛してもらいたいという気持ちに変わって

まん丸の、ぷりっぷりのあなたの愛の部分を
『愛してもらっていない分を、愛するべき人から奪いたい』と思うことで、あなたの愛が欠けているという感覚を強くしてしまいます。
欠けた愛は不完全だ!
そんなもの…差し出せない。もっと愛をもらわなくちゃ。もっと完全な丸にしなくっちゃ。
もっと愛を奪わなくっちゃ…
そして、どんどん差し出せなくなっていくのです。
欲しい、欲しいと思えば思うほど、あなたの本来の愛が減っていく(様な気持ちになる)のです

本当は、こんな形の完全な愛を差し出したい。

だけど…
こう思った…
自分の愛を飢餓感と怒りで押しつぶしていった。
どんどんつぶしていったのです。



愛して欲しいと思えば思うほど
あなたは自分の愛の部分をないことにして

無い事にして
欠けた事にして
空になった空間に、人からの愛を詰め込もうとしたんです。
でも、じゅうぶんな愛がもらえない…
それはそうです。
奪った愛では 埋められないからです。
それを一番知っているのはあなたのはずなんです。
あの時ほしかった愛は、今何をもらっても埋められません。
だってあの時ほしかった愛はあの時の形そのままで欲しいんですもの。
そして…

こんな嫌な私から、愛してもらったって嬉しくはないはず!…と…悪循環に陥っていきます。
この悪循環を、好循環に戻します!

あの時のあなたに戻します。
方法はあります!

そう思うんです!
ここは根性です!
私は変わりたい!
変わるんだ!
もっと自分を好きになるんだ!
という強い気持ちで頑張るんです!
ここだけが頑張りどころです。

うん、わかります。
私もそう思い続けて苦しんでいました。
そして、こうも思いました、
そう思うように、そう思えるように

と、ずっと怒っていました。
でも、意識を変えるのは自分なんです。
誰も変えてくれません。
それは

この意識と同じです。
ここでグルグルしているのと同じなんです。
最初は本気で思わなくてもいいです。
こう思わなくちゃ!でも良いです。


もらわなくても愛はある!

あの時のあなたと何ら変わっていません。
自分で勝手に

削って来たんです。
さあ!
あなたはもうすでに持っています。

最初は自分で自分をだましだまし、愛がある事にしてイメージしてください。
すると、欲しい、欲しい、が減ってくると同時に自分の事がもっと好きになってきます。
