変!と言われ続けて64年!こんな私が、いかにして自分の事を好きになれたのか⁉︎
本日は私の誕生日なんです。ですので、私自身の事を語りたいと思います。
私は幼い頃から周りに馴染めないという感覚がありました。
何かすると『え?何してるの?』という目で見られました。

私が何も考えずにした言動は、周りの人達には違和感があったようで、笑われるか変な空気になってしまいました。
何がどう…と言いにくいのですが
一般的に、含みを持たせて言うところを私は見たまま、感じたまま発言してみたり、授業中掲示板の習字紙の並びが気になったらそればかり見ていたり

その度に先生に注意されたり、周り空気がサーッと冷えたりを感じつつ、何がどうダメなのかがイマイチわかりませんでした。
わからないから、叱られた事に対してはやらなくなるのですが、応用がきかないんですね。
シチュエーションが変わると同じような事を繰り返していました。
周りも「あの人意味分かんない! 」だったかもしれませんが、実はそんな目で見られている私自身が「この世界の意味分かんない」!状態だったんです。
意味が分からなくて怖いから、私は防御策として

【私】と【他人】という境を作っていきました。
視覚的にいうと《柵》を作っていきました。
(柵って漢字が、ものすごく「さく」を表していて、漢字ってすごいなーって思います)
小学生の頃の記憶はほとんどないのですが、なんか…自分でもすごく変な子で、自分をどう扱って良いかがわかりませんでした。

例えば先生が『三角をこんな感じで3つ描いてみましょう』と言ったとします。

その指示を聞いていないわけではないのです。
でも

三角を、指示通りに書くことが出来ないんです。

何なら、三角を自分のイメージでいろんなものに変えてしまったりするのです。
なので、社会の教科書の人物像は大抵違う人になっているのです。



↑これらは私の落書きではありません。ネットからお借りしたものですが、こんな感じだと思ってください。
教科書を覗き込んだ先生に、怒られる事も褒められる事もなく、なんだか放置されたままでした。
「しゃーないな」と思ったのでしょうか?
中学高校と全ての教科書に載っている著名人の顔写真はいまや元の人の名残はありません。
全教科書の隅にはパラパラ人形が描かれています。

ま、それが今のブログに生かされてる気はしますが…
趣味なのか、ストレス解消だったのか…それとも何かに対する反抗なのかはいまだにわからないんですけど、教えの声に興味を持たず、ただ自分の世界で遊んでいる、変な子でした。
とりあえず、誰とも関わらなければまだ笑われる事もないし、変な子とバレる事もないだろうと、おとなしい子として生きていました。

するとおとなしい変な子になりました。
「マジですか?変な子におとなしいという言葉がくっついただけ?」と思ったので、高校生の時には出来るだけ人の意見を受け入れてみんなに混ざろうとしたら、個性が無くなった上におとなしいけど何を考えているかわからない怪しい人扱いで避けられるようになりました。
人の指示通りに行動できないので、イエスマンにもなりきれず、ヘラヘラと意味のわからない笑顔で生きていたら孤立の道を行く事になりました。
もうこれは個性を表す道に進むしかないかな…と思ったので、デザインの学校へ進むことに決めました。
「決めました。」というかよりは、それしか生きていく方法がないような気がしていたんですよね、あの時は。
すごくお金がかかる学校だったのに、進学させてくれてありがとうね、お父さんお母さん。
今思うと、こんな私を両親もどう扱っていいのかわからなかったのかもしれないですね。
普通のことを普通にできるタイプの子供だったら、ちょっとしたアドバイスもできたかもしれないけど、この子にはどんな普通の人生を与えていいのかが見えなかったのかもしれないなと思います。
幼い頃からある意味放置状態だったけど、半世紀以上経った今思う事は「放置しておいてくれてありがとう」です。寂しかったけど…

デザインの学校へ通っている時も相当しんどかった記憶があります。
デザイン科という個性を出し合う世界で、せっかくの個性を発揮すれば良いものを自分は変な人だからバレないように隠さなければならないという過去の縛りから

個性を出せる場でさえガチガチになってしまいました。

個性を出せないのにみんなと同じ事が出来ないんです。
すごく不思議でしょう?
決められた事を決められたままにやり抜く事が出来ないんです。
人と同じ事をやって、周りと同じものを作っていたら、私という存在はいくらでも代替えがきくような気がしていました。
と、言いながらガチガチに柵で囲った融通のきかない私になっていましたので、自分をどう扱っていいかわからなくなっていったんです。
自分をどう扱っていいか分からないから自分の、活かし方も分かるはずがなくて、人とどう接していけば良いのかわからなくなって行ったんです。
自分はこうだ!という軸がないので、最初は調子良く合わせて上手くいくような雰囲気は作れるのですが、次第に皆んなに合わせられなくなってどんどん疲れていきました。
そして、一緒に居たくないな…
という気持ちになって、自分から距離を置いていくことも多々ありました。
ハッキリ言ってどこへ行っても使い物にならない!という私になっていました。(自己イメージですが)
人と同じ事が出来ないのに個性も出せない。
まるで自分で自分を覆う柵を作って中に入って周りの様子を見ながら生きているようでした。

私はこの狭い枠の中で何も出来ないというあきらめという感情の中で生きていたように思います。
「どうせ私なんて…」という名の柵の中に閉じこもりました。
変な子と思われたくないための、個性を発揮させないための、生き生きと自分を弾けさせないための、行動を制御させるための柵だったのです。
本来はとっても活動的で、個性が輝いていて、自由で愛くるしくて発想が豊かであるにもかかわらず

この柵の中にいて、とってもとっても苦しんでいらっしゃる方のご相談をたくさん受けます。
自分のあの時の姿をダブらせてしまいます。
この柵は

過去の経験から、変な子扱いされないように自分で自分を制御することを目的として作って入っていた柵です。

「あ、そうなんだ!こんなところに入っていたのか?」と、気づく事が第一で、その後は「ここから出よう!」と思う事が必要となってきます。
「どうやって?」は、個別の案件でもあります。
怒り
あきらめ
自己嫌悪
等の柵の一本一本を理解や許すことで溶かしていきましょう。

今は個性を出しても大丈夫な時代になりつつあります。最初から柵など持たずに自由を楽しめる人も増えてきましたね。
集団生活は人と同じ事を出来る事がある意味必要で、その才能を持つ人たちが楽しく過ごせる空間であるかもしれません。
でも、大丈夫です。
社会へ出れば、個性やある意味人と違う事で受け入れてくれる場所が用意されています。
それはどこ?
それは、あなたの個性が探し当てます。私たちが考えもしなかった所にありそうです。
その場所に行くために今やっておくことは普通になりたいを諦めてください。
大人ですから、多少の演技力で普通っぽく振る舞う事があっても良いじゃないですか?
場所によって個性が際立つとやりにくい場面もあると思うんですね。
そういう時は普通っぽい演技をしようって思うくらいで良いんじゃないかな?って思います。
それ以外のところでは「本当の自分はすっごく変なの〜」って、認めちゃいましょう。
そしたら徐々に、普通じゃない私が世間で胸を張って生きて行けるようになると思います。
私の知る限り、多くの人が普通に見えるようにがんばってガチガチになっていたりするんですよ。
いろんな方のお話を伺うにつけ、みんな大なり小なり「自分は変だ」「自分は人とは違う」って思っているんだということがわかってきました。
《変なのが普通で合わせていく生き方の方が変》という時代になったら良いのになって思います。
その方が楽しくてやさしい世界なのになって思います。
時々動画で団体で統一された行進やダンスを見て感動する事があります。
皆んなが一つのことに向かって息を合わせて行うパフォーマンスは感動します。
合わせる時は合わせる。だけど、それ以外の時はどんな生き方も認められたら楽なのになって思っている私です。
最近は「こんな64歳が居てもいいよね」って思えるようになってきました。
みなさんはどんな64歳になられるんでしょうね?
ではまた!

