今日は不登校についてお話をしたいと思います。
不登校というテーマは、現在、学校へ行っていないというお子さんや、過去に学校へ行かなかったという事で人生を詰まらせている方へのメッセージではあるのですが
見える形で不登校や引きこもり状態でなくても、何かの型におさまりきれない自分というものに気が付いて、それでも現状を変えることが出来ずに悶々とされている方へのメッセージにもなるのかな?と思って書いています。
☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆
この時代学ぶ場所は至る所にありますね。
そうです!
私が常に伝えたいと思っているのは
『あなたもオッケー、私もオッケー、皆オッケー☆⌒d(´∀`)ノ』
なのです。
自分の位置を落とすわけにはいかないと…
『優』で無くなった時に『劣』に落ちてしまえばもう行き場がないように思ってしまうので、この頑張りをやめるわけにはいかず、かといってこの頑張っている状況が苦しくてどうしようもないという事も起きているようなのです。
その『落ちる』というイメージがもう、皆がオッケー、すべてはオッケーではないのですね。
落ちこぼれ?
落ちてこぼれたのではなくて、集団には興味がなかった、その場での教えには合わなかった…というようなことだったと思ってくださいよ。
多くの人と違った方向に向かったけれど(でも、最近ではそれほどの少数派では無くなっているんですけどね)そのことであなたに無限の可能性を与えられたと考えても良いじゃないですか?

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不登校というテーマは、現在、学校へ行っていないというお子さんや、過去に学校へ行かなかったという事で人生を詰まらせている方へのメッセージではあるのですが
見える形で不登校や引きこもり状態でなくても、何かの型におさまりきれない自分というものに気が付いて、それでも現状を変えることが出来ずに悶々とされている方へのメッセージにもなるのかな?と思って書いています。
☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆
この時代学ぶ場所は至る所にありますね。
形にとらわれるような時代ではなくなっていると私は感じているんです。
だからといって学校へ通った人がどうのこうのという話しでもないんです。
どうしても、一方の例を上げると
もう一方が悪いんですか?と、気にしてしまう風潮がありますが
これからの時代はどちらもオッケー!でありたいと思います。
そうです!
私が常に伝えたいと思っているのは
『あなたもオッケー、私もオッケー、皆オッケー☆⌒d(´∀`)ノ』
なのです。
私達は扱いやすいように
同じ形に組まれた数種類の枠の中で物事を『教え』られてきました。
試験もそうですね。○と×。
善と悪。
善と悪。
良い、悪いも教わってきました。
どちらでもオッケーという事を教わっていないように思います。
どちらでもオッケー!は扱いにくいんです。
指導(?)する側が抑えきれないんですね。
あっちより、こっち。
右より左。
上より下。
西より東。
北より南。
と、どちらかを選ばされてきました。
マークシートを黒くするか、白いままにするかで人生が変わるように思わされて来ました。
そのマークシートの塗り方で人生がランクづけされるような気持ちにさせられたり、人に優劣があるように勘違いをすることもあったかも知れません。
私は試験を否定しているわけではありません。
学校教育を茶化しているのでもありません。
教育がなければ今は無かったと思いますし、学校教育の中でどんどん才能を伸ばして人生を謳歌している人もいっぱいいらっしゃいます。
ただその陰で、一時言われた『落ちこぼれ』という表現にもあるように
あてがわれた環境にそぐわないタイプの人たちを優劣の『劣』の扱いをすることでその他の個々の才能に気づかせないようにしているようにも感じます。
そのことで『優』扱いされた人たちの意識をも狭くしているのだと、私は思っているのです。
一旦『優』になった人はそのまま頑張り続けなくてはいけないからです。
教育がなければ今は無かったと思いますし、学校教育の中でどんどん才能を伸ばして人生を謳歌している人もいっぱいいらっしゃいます。
ただその陰で、一時言われた『落ちこぼれ』という表現にもあるように
あてがわれた環境にそぐわないタイプの人たちを優劣の『劣』の扱いをすることでその他の個々の才能に気づかせないようにしているようにも感じます。
そのことで『優』扱いされた人たちの意識をも狭くしているのだと、私は思っているのです。
一旦『優』になった人はそのまま頑張り続けなくてはいけないからです。
『優』でなくては人生は真っ暗闇のように思いこんでしまうからなのだと思うのです。
自分の位置を落とすわけにはいかないと…
『優』で無くなった時に『劣』に落ちてしまえばもう行き場がないように思ってしまうので、この頑張りをやめるわけにはいかず、かといってこの頑張っている状況が苦しくてどうしようもないという事も起きているようなのです。
その『落ちる』というイメージがもう、皆がオッケー、すべてはオッケーではないのですね。
今もオッケーだし、今の生き方を変えても『優』や『劣』はないのだと思えるようになるともっともっと人生の選択肢は増えるし、もっともっと自分がこの世界で表現したいものが見えて来るのだろうな?って思います。
『劣』の型枠にはまってしまった人もその枠から出ることが出来ないと、人生を『劣』で生きようとしてしまうようにも思います。
何をしても無理だった…
あいつには勝てなかった…
言われたことを出来なかった…
思い起こしてみてください。
自分にとって興味のないことや、やらなくても生きていける事を無理にやろうとして出来なかったのではありませんか?
そして、勝てなかったあいつは、その分野では得意としていても、あなたが発揮しようと思えば出来るこれからの何らかの分野ではあなたの域には達せ無いかも知れないんです。
それがみんなオッケー☆⌒d(´∀`)ノという事なのですね。
『劣』だと思い込むにはそれ相応の過去の勘違いがあって、しなくても良い競争をしてきた結果たまたま得意ではない分野で興味もわかなかったし、能力も発揮で知る状況では無かっただけなんですね。
ただそれだけの事なんですよ。
『劣』の型枠にはまってしまった人もその枠から出ることが出来ないと、人生を『劣』で生きようとしてしまうようにも思います。
何をしても無理だった…
あいつには勝てなかった…
言われたことを出来なかった…
思い起こしてみてください。
自分にとって興味のないことや、やらなくても生きていける事を無理にやろうとして出来なかったのではありませんか?
そして、勝てなかったあいつは、その分野では得意としていても、あなたが発揮しようと思えば出来るこれからの何らかの分野ではあなたの域には達せ無いかも知れないんです。
それがみんなオッケー☆⌒d(´∀`)ノという事なのですね。
『劣』だと思い込むにはそれ相応の過去の勘違いがあって、しなくても良い競争をしてきた結果たまたま得意ではない分野で興味もわかなかったし、能力も発揮で知る状況では無かっただけなんですね。
ただそれだけの事なんですよ。
学校へ行かなかったから取り返しのつかない人生?
違います。
試験に落ちたから取り返しのつかない人生?
まさか!
取り返しのつかない出来事というものはない!と、私は思っています。落ちこぼれ?
落ちてこぼれたのではなくて、集団には興味がなかった、その場での教えには合わなかった…というようなことだったと思ってくださいよ。
多くの人と違った方向に向かったけれど(でも、最近ではそれほどの少数派では無くなっているんですけどね)そのことであなたに無限の可能性を与えられたと考えても良いじゃないですか?
今はどんな方法でも学ぶことは出来ます。
自分の興味のあることを学ぶことは出来ます。
人と同じ教育を受けなかったからと言って人生の落伍者にはなりません。
でも、うまくいかない!
と思う時、人があなたを落伍者扱いしているのではなく、あなた自身があなたを『劣』扱いしているのだと思います。
学校へ行かないことで何か支障がありますか?
もしも支障があると考えるならそれに変わるものがこの世の中にありませんか?
あきらめた気持ちで見る世の中と、何かないだろうか?と探す目でみる世の中とは見え方が全く違います。
今、時代はどんどん変化しています。
こうでなければいけないというようなものはほとんどなくなりつつあります。
学校へ行っていないというのはある意味自由に生きて来たということでもあります。
その、自由な感覚を上手に使える(既成概念にとらわれない)生き方がどこかにあるはずだ!
それはどこにあるんだろう?という世の中の見方をして過ごしていくことができればもっともっとあなたらしく生きる道が開けてくるんじゃないかな?と、私は思います。
あなたが選んだ道にはあなたが輝けるヒントが散りばめられています。
自分の興味のあることを学ぶことは出来ます。
人と同じ教育を受けなかったからと言って人生の落伍者にはなりません。
でも、うまくいかない!
と思う時、人があなたを落伍者扱いしているのではなく、あなた自身があなたを『劣』扱いしているのだと思います。
学校へ行かないことで何か支障がありますか?
もしも支障があると考えるならそれに変わるものがこの世の中にありませんか?
あきらめた気持ちで見る世の中と、何かないだろうか?と探す目でみる世の中とは見え方が全く違います。
今、時代はどんどん変化しています。
こうでなければいけないというようなものはほとんどなくなりつつあります。
学校へ行っていないというのはある意味自由に生きて来たということでもあります。
その、自由な感覚を上手に使える(既成概念にとらわれない)生き方がどこかにあるはずだ!
それはどこにあるんだろう?という世の中の見方をして過ごしていくことができればもっともっとあなたらしく生きる道が開けてくるんじゃないかな?と、私は思います。
あなたが選んだ道にはあなたが輝けるヒントが散りばめられています。
それは、自分の選んだ道に自信を持つことで見つけられやすくなります。
あなたには、他の人にはない魅力と生き方があります。
もっと自信を持って、自分にオッケーを出して生きていきましょう。
人生とはあなたがあなたらしさを発揮した時に弾けるように出来ているあなた専用のおもちゃ箱なのです。

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