
80歳くらいの上品な女性が乾かし終えた洗濯物をたたんでいるところでした。



私も隣で洗濯物をたたみながらそのご婦人とお話しを始めました。


上品なご婦人は
ご自身の病気の事を話し始めました。

部屋の窓に近づいたとき
夜の窓ガラスが鏡のように彼女を映し出したそうなんです。
その時浮かび上がった自分の姿が亡くなったお父様とそっくりで「父が窓の向こうに来た」と思って腰を抜かしそうになったとおっしゃるんです。
「なぜここに父がいるの?」
驚きと共に懐かしさがこみあげて来ると同時に窓ガラスに手を付け
「お父様… 」
と泣いてしまったとおっしゃいます。
そして『私もお父様のところに行く時期が来たのね・・・』そんなことも頭をよぎったと…
彼女の人生は子ども達と共にあったとおっしゃいます。
教員をしておられ、子供たちと過ごす時間が大好きだったと懐かしそうに伝えてくださいます。
結婚は考えたことが無かったともおっしゃっていました。
今は一人で暮らしているけれどご近所の方々と仲良くして、時々様子を伺いに来てくれる人もいて「自分の人生には何一つ悔やむことはない」と、乾燥機から出したタオル数枚をきれいにたたみながら微笑みました。
人生にはいろんなことが起こります。
こうあれば幸せなんだ!
という決まったものなどないのだと思います。
「人が持っているものを持っていない」
「もっと素晴らしい人生があったのかも知れない」と嘆く瞬間もあるかも知れませんけれど、
あなたが持っていない何かを持っている人だって同じように、もっと素晴らしい人生があったのに・・・と思っているかも知れないんですよね。
今あるものをもっと大切にしていただきたいと思います。
不甲斐無い過去に思えてもそれはその時の自分の精一杯の選択だったんだと。
今でこそいろんな情報が届けられる時代になってはいますけれど、一方的に価値観を与えられ続けてきた時代が長かったせいで
これが幸せなんだ
こういう暮らしが普通なんだ
こうすれば幸せになれるんだ
という刷り込みが強く強く入っているように思えて仕方がないんです。
そんな時、このご婦人に出会ってお話を伺いながら、自分の人生に悔やむことなく、でもちょっと切なさを感じながら、今与えられた人生を精一杯生きていらっしゃる姿にココロが熱くなる思いでした。
私は今でも過去を悔やむことがあります。
もっと上手に生きられたら良かったのに…と後悔することもいっぱいあります。
もし今、このご婦人のような状況にあった時
こんなにも凛としていられるのだろうか?とわが身に置き換えて考えてみると、どうしても被害者意識にとらわれてしまうだろうな…と思ってしまいました。
反面、その立場に立った時にしか分からないこともあるんだろうなとも思いました。
私たちはその時その時を一生懸命生きています。
どんなに不細工でも、どんなに不器用だったとしても、私たちはその時その時を一生懸命生きているのですね。
コインランドリーで出会ったチャーミングなご婦人を通じてこんなことを考えていました。
今日もお読みいただいてありがとうございました。
