完璧な武装の代償とその手放し方
私たちは、日々の生活の中で様々な「武装」を身につけることがあります。物理的な武器ではなく、心の防御手段としての鎧兜です。

この完璧な武装は往々にして私たちを緊張状態に置き、周囲に対して戦闘態勢を取らせることになります。


時にはその武装が必要ないと感じる出来事が起こることがあります。

完璧に武装すると、その完璧さを試したくなってそういう目で周りを見て(戦闘態勢)いつも緊張してしまいますね。

















でも、何かのきっかけで、この武装体制は必要ないんじゃないかって思わせるような出来事が起きることがあります。
そんな時、一気に鎧兜を脱いでしまわなければならないかと言うと、そうでもないと私は思います。
完全に、自分を守るために費やした労力を一瞬にして捨て去れるほど強ければ、
こんな鎧兜を身に付けることもしなかったと思います。
まだまだ疑いもいっぱいあるし、怖いし
誰かが攻めてくる気持ちも残ってはいるけれど
手に持った武器
これだけは 武器として使うのをやめてみましょう。
やめようと思ってみましょう。
武器…は
多くの場合は言葉や無視や態度で現れる攻撃性です。
人から傷つけられないような防御をとっても、
今は良いです。でも・・・
人を痛めるようなものは使わずにすむようにしましょう。
怖ければ逃げればいいんです。
立ち向かうばかりが立派かというと、そんなことはないと私は思います。
手に持った武器は使いようで、人の役に立つこともあるかもしれません。

あなたが身に付けてきた防具や武器を、どう使えるのか?一緒に考えていきましょう。

武装を脱ぎ捨てる必要はない
完全に自分を守るために費やした労力を、一瞬で捨て去ることができるほど強ければ、最初からそんな武装を身につけることもなかったでしょう。まだまだ疑いも恐怖も残っている中で、すべてを手放すのは難しいことです。
武器の使い方を変えてみる
手に持った武器、これを武器として使うのをやめてみましょう。とはいえ、武器そのものを捨てる必要はありません。
人を傷つけるためのものではなく、人の役に立つために使うことを考えてみてください。
例えば、権力のある人からの攻撃に、打ち勝つために、知識武装をした人がいるとして
知識と言うのは、自分のためではなく
誰かから身を守るための鎧兜になっていることがあります。
鎧兜なので、自分の知識を曲げるということができず、相手の意見を全てはねのけると言うことをしていたとしても、せっかく身に付けた知識の恩恵を受けにくい時があります。
知識武装ではなく、今まで身に付けた知識を自分のためや、広くみんなのために使えるように変えていくと、あなたの周りには、人が集まり、協力体制ができるので
1人で戦わなくても大丈夫になるということもあります。
防御と攻撃のバランス
防御は自分を守るために必要なことですが、人を痛めつけるためのものは使わずにすむようにしましょう。怖ければ逃げればいいのです。
立ち向かうことが常に立派だとは限りません。
武器をどう使うか、一緒に考えましょう
手に持った武器は、使い方次第で人の役に立つことがあります。例えば、鋭い言葉は人を傷つけることもありますが、正しい時に正しい方法で使えば、問題解決の手助けになることもあります。
終わりに
自分を守るために築き上げた鎧兜や武器は、簡単には手放せないものです。しかし、その使い方を少し変えるだけで、私たち自身も周囲の人々もより良い関係を築くことができるかもしれません。
皆さんも、自分の「武器」をどのように使うべきか、じっくり考えてみましょう。