私さえ我慢すれば…が、静かな恐怖感を沈殿させているのです。
私の思っている偽物の平和主義とはビーカーに入れた泥水が静かに沈殿している状態だと思ってください。
沈殿した泥の上の透明な上澄み液だけをみて平和だと思っている状態です。
↓これは、向かって左が問題が浮き出て揉めていたり、解決を試みなければいけない状態になっている様子で、みぎが、問題はあるのだけど、そこに触れずに表面上は何事もなく過ごしている心の状態だと思って見てください。

水面を揺らさないように、溜まった泥が浮き上がってこないように
今私の周りの物事が荒立ちませんように…と、そーっとそーっと生きている感じです。

「ずっとこのまま泥が底でとどまっていてくれますように」と、事が起きそうになると「穏便に、穏便に」と願うのです。
表面が綺麗なことが良いことだと思って、何かちょっと問題が起きそうになると
常に先回りをして対処策を考えて泥を奥に押し込めて、上がってこないようにしているのです。
そして「私さえ我慢すれば…」という自己犠牲の泥をまた溜め込んでいきます。

このように、上澄みの透明さを保とうとしているのが偽物の平和主義なのだと、私は思っています。
そしてその泥とは?
溜まった物は、無価値感や罪悪感からくる我慢や犠牲の粒なのです。

偽物の平和主義をココロに持つ人は
お願いだから私の感情を揺らさないで!
って思っています。
揺らすとどうなるか?
それは、沈殿していた嫌な感情が舞い上がり、濁ってしまうのです。

濁るとはどういう事か?
それは、自分の中の見たくない嫌な部分や、怖さや無かった事にしていたネガティヴなものにまみれて窒息しそうになるのですね。

自分の中に どうしようもないほどの汚泥がたまっていると感じるからこそ
穏便に 何事もなくというような 平和主義になってしまっているのですが、本物の平和ではない分、揺れて汚泥がまき上がる怖さと隣り合わせの平和ですのでいつもビクビク・おどおどしてしまうのですね。
人と関わるのがしんどい時も、こうして泥が沈殿している人が多いです。
人と関わると、何かしら心が揺らされることが増えるでしょう?
その度に「私さえ我慢すれば」とその場の平和を選んで抑えてしまうので、周りの人も知らず知らずのうちに問題の処理をあなたの我慢に頼り切ってしまうことがおきやすいのです。
あなたは、あなたのものではない泥まで受け持って、もう身動きできなくなっているか
または、突然問題の泥水に窒息しそうになって崩壊させてしまうか?になっているのではないでしょうか?
その溜まってしまっている汚泥を一度掃除しませんか?
何が溜まっているのでしょう?
何がたまっているのかを、一人で見るのが怖いなら
私たちカウンセラーと一緒に上澄み液を取り除いて、舞い上がらないようにして
何があって、どう考えて、この泥があると勘違いしたんだろうな?って見直してみませんか?
そんなにクリアな上澄み液でなければいけませんか?
少しぐらい濁っている方が人間らしくて素敵だと思うのですけれどもね。
というお話しをしていきませんか?
きっと、今よりも、もっと、楽になれると思うんですよね。
お電話お待ちしていますね。
このお話を動画にしたものが↓こちら


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