今回のご相談は『かかお様』可愛いネーミングですね。とっても素直で可愛らしい方なのだと思います。

◆空虚感や疲れが抜けない、やる気や自分自身の維持ができない


いつも自分はダメな人間で誰からも必要とされていません。お金もないし才能があるわけではないのに何故生きている必要があるのかも分かりませんが、自分では自害できないのでとりあえず生かされています。
特に最近はやる気や自分自身を保とうと思ってもできず、空虚感や疲れが溜まっています。
「やればできる」「大丈夫」と言い聞かせてもちょっと失敗するとやはり自分には無理なのかと感じて自己嫌悪に陥ります。
楽しいこともないです。なぜ他の人にはできて私には出来ないのでしょうか?


対人関係も苦手なので友達と心から呼べる人やなんでも相談できる人もいません。なるべく人と関わらないように自分が傷つかないように避ける傾向があります。
でも本当はもっと関わりたいと思っているのにできません。
誰かが楽しそうに話をしているとどうしてそういう表情ができるのか不思議に思います。私にはほとんど感情がありません。無表情だクールだと言われますがどうやって表情を作るのか分からないのです。なので他の人の表情を研究して表情を作る努力をしましたが難しいです。

私はもっと生きることを楽しみたい、人と関わりたいと本当は思っていると思います。お金も自分で稼げるようになりたいのに失敗するとネガティブになってどうせ自分なんかには無理と思うようになってもともとない自信がもっとなくなりどうしてよいか分からなくなります。

私は何をしたら良いのでしょうか?

すみません、情報が整理できていないようで文章がまとまりませんでした。

◆人に合わせて生きていると本当の自分がわからなくなっちゃうよね

まず最初に
『なぜ他の人にはできて私には出来ないのでしょうか?』というご質問にお答えすると、
『かかお様には出来なくて人に出来る事があって、人に出来なくてかかお様に出来る事がある。
そして、世の中はそういう
《出来る、出来ない》のバランスで成り立っている。
という事なんですね。

ただ、今までの日本の教育や社会の流れは『人と同じを良しとする』でした。


平均であれ、皆と同じであれ!というものを叩き込まれて来たのではないでしょうか?人と同じを強制されて(矯正されて)本来の持ち味を無くしている…そんなご相談をたくさん伺います。

同じ価値観であれ!と、はっきり言えば良いものを、違う行動をする者に対して暗黙の重圧で強制しようとするという事が続いていたように思います。(それが、同じ教育を受けた者同士、察しろよ!のコミニュケーションになっているのかな?と思いますし、そしてそれが今の社会のバランスの悪さに繋がっていると、私は思います)


人と同じを視野に動くと、自分軸がなくなります。人と自分を比べて人に合わせて行動をするようになります。

とは言え『人』はいっぱいいます。誰に合わせて良いのか、どこを見て生きれば良いのかわからなくなってしまいますね。

そういう時、わかりやすい『お金』『仕事』『肩書き』にすがってしまいます。そして、それが無い事に焦ったり、それの多さに一喜一憂する暮らしになります。

『お金』『仕事』『肩書き』は》数に限りがありますね。あえて数に限りをつけているのではないかと思っているのです。それは競争させるためなのだと私は理解しています。人は競争に没頭している時には自分らしさや個性を伸ばそうという気持ちをどこかに置いて、人と戦うことだけを見て、人との比較だけをしているように思います。

こういう世界観を持つと人には優劣があるように感じさせられてしまうので、ますます勝たなければ…と思いますし、負けたという感じを持つともう八方ふさがり、何もする気になれないように感じさせてれてしまいそうですね。

◆競争…というオーバーヒート

 
競争は、誰かと、何かと競う事です。いつも何かと自分を比べる事ですね。気が休まりませんね。

そしてそこには自分軸がありません。いつも誰かに合わせて自分を作るので、人といるととっても疲れます、振り回されます,、傷つきやすくなります。


傷つきやすいという事は、人の意見の方が正しい!と思うからなんですね。同時に、私の方が正しいのに…とも思っている様です。正しい、間違っているの比較が生まれています。強い、弱いの比較もあるかもしれません。ここにも競争があるんですね、怖いですね^_^


競争というのは安住がありません。疲れます。競争しても何も手に入らない事が分かると気力がなくなりますね。なのに、習慣的に反応が競争してしまいオーバーヒートを起こしてしまいます。何もしたくなくなる気持ちがわかります。


かかお様の生育過程がわかりませんので一概には言えませんが、冒頭の『いつも自分はダメな人間で誰からも必要とされていません。』という一文を拝見して感じたのは、『誰からも』認められないという感覚は、本当に認めて欲しい人の存在がいるんじゃ無いかという事です。


例えばですが、子供というのは親が認めてくれたならば、他人が何をどう思おうが平気なのですね。幼いころの家庭の中は子供にとっては世界です、全てですからね。


そこで認められるために誰かに勝たなくては…と思って頑張り続けたとしたら、認めてもらうためにやりたくないものを選び続けたとしたら、その習慣が親元を離れても染み付いているとしたら、自分軸が不安定になるのも仕方がないかもしれません。


こういう時は、大人になった心で、幼い頃の出来事を一つ一つ理解して、親の未熟さを『許し』ていくという長い過程を経る事で、自分の中にある一種の完璧主義を緩めていくという方法が良いのかな?と思います。

※「私の場合はそういう事じゃよ。」と思ったら、初回無料の電話カウンセリングを利用してみてくださいね。何かお力になれるはずです。^_^

◆補足

クールだね、無表情だねって言われる人が一瞬見せるお茶目な表情は、いつもニコニコしている人が見せる笑顔とは違ったすごい魅力、言い換えると、武器になる様です。

今まで人の真似して笑顔を作ろうとして来た様ですが、かかお様独自の笑顔というものの研究をしてみてくださいね。人に聞いても良いですね。

それを習得すると、可愛い小悪魔的要素が発掘されるんじゃないかな?なんて、想像している私です。

人と同じじゃ無い部分を磨くのが良いのかな?って思います。

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