親子関係で色々バタバタしてきましたが、結局のところ親の役目は子供を一人の人間として認めて社会に放つ事ではないかと思うのです。
◆ご機嫌でいることが目標の日々
自分の子育てに自信が無いと(まぁ、自信満々の人はこれを読んでいないでしょうけど)子供が機嫌よくしてくれる事が安心材料なんですね。
機嫌が良い=許されてる
そんな感じです。
ホッとするんです(*´Д`*)。
怒っていないということで…、とりあえずは安心できるんですね。
困ったものです。
愛からではなく(もちろん愛もあるのはあるのですが…)許されるための接し方…になっていたんですね。
行動動機がご機嫌取りですから、相手の機嫌の良し悪しを注視していないといけないということになります。これが癒着(心と心がくっついてしまう状態)になっていく理由のひとつになってしまうのです。
今は親の私がやってしまっていたことですが、実はこれ、昔々は子供の方が親(私)に対してやっていたことなんですね。
子供側からすると、親のご機嫌次第で自分の状況が変わってしまうという恐れを持っているんです。
だって、小さな子供に生活力はないですし、ご飯だって一人では作れないし買えないんですもの。
親のご機嫌を伺いますよね?
子供心に、どきどきしながら『今日の親の機嫌が良くありますように・・・』って思いながら見ている間に、親と自分の心の境目をなくして、親が笑うと嬉しい、親が不安だと不安という癒着の状態を作っていくという、自分よりも親の機嫌が大切に感じ始めます。
こうして親子の癒着は起き、お互いがお互いを見張っているような状態で絡まっていくパターンがあるのです。

こうしてあらためて考えてみると、お互いに「嫌われたくない」という思いから、気をつかい、ご機嫌を伺い、自分よりも相手の感情を優先した挙句、うまくいかないから「腹が立つ!」「嫌だ!」になっている様です。

嫌だけど、離れられない。
離れたいけど、嫌われたくない。
嫌われたくないのに、嫌っちゃう。
でも、そうなる原因は 『好きだから、大切だから』
だなんて…。

顔も見たくないくらい嫌いな人ほど昔は好きだった・・・という事が言えるかもしれませんね。
好きなのに、気遣いずぎたり、嫌われたくないから、我慢しすぎて嫌ってしまう。
嫌ってしまうから、きっと相手も嫌っているんだろうって思うから(心理学でいう投影ってやつね)
ますますその人の事を嫌って行くって・・・本当に本末転倒です。
親子の癒着ってこんなことをやっていることが多いんですよね。
だったら気づいた方から(それが親の場合だったらいいんですけど・・・)上手に離れる方向で 物事を考えていくというのが良いと思います。
それが、くっつきすぎた親子の一番の方法であり、癒着で苦しんでいるのであれば親が出来るただ一つの方法なのかな?って思います。

離れてみると「あれ?どうしてあんなに嫌っていたのかな?」と思えたりするんです。
人との距離感って、本当に不思議です。

