昨日は三人にしてしまう私のお話でしたが、望んで三人にしているクセに三人を怖がる私もいるというお話です。
◆三人になったら自己価値がわかる

一対一の親密感が怖いから三人にしているのに、
私対他の二人(複数)の関係が怖いという気持ちが付いて回ります。
そうなると、もう
友達なんかいらないという心境いなっていました。



私はそういう人なのだと思っていました。
そういう人って?
人から非難される、認めてもらえない、馬鹿にされる、という
とっても低い自己価値。
できる限りそういう恐れを見せないようにして、
無理してお付き合いをしているうちに
なんだか人といるのがおっくうになってしまって
一人でいるほうが楽に思えてきたんですね。
楽なんだけど
一人でいる自分というものが、また人から馬鹿にされるようで
一人でいる事も見せられなくて
そうなるとほとんど引きこもりのような状態です。
◆かわいそうな私を作るために都合のいい数が③
おかげさまで(?)、学生時代の環境は
帰宅すると周りには同年代がいないという田舎の一軒家に鍵っ子で
普通に暮らしているのに引きこもりのような 生活でした。
遅くに帰宅する父、仕事から帰って来ると家事に忙しく交流のない母。
いつもそうなる私は一人でしたね。
この状態を被害者スタンスで「寂しい時代」と言ってきたわけです。
「この経験が私の未来を左右した」とも言ってきたわけです。
今から考えると正々堂々と引きこもれる
居心地の良い10代でした。
一人で寂しい、
なんてかわいそうな幼少時代の私なんだろうって言ってきましたが
今になって思うのは
「寂しかった」と、
誰かのせいでひとりぼっちだったかわいそうな私を演じるのにちょうど良い(都合のいい)環境にいたのではないかと…思う昨今です。
都合が良いというにはそれだけの理由があるはずですね。
◆「私も同じ気持ちよ」って言いたかった

かわいそうで淋しい私を作る事に意味があったとするならば。。。という観点で考えてみると
幼少期の私の環境に戻っていく事で
誰が『淋しくて かわいそう』に見えていたかが見えてきました。
嫁いだ時には舅小姑の中で私を育てていた母です。
二人の小姑に遠慮しながらいつも一歩も二歩も引いて私を育てていたのではないかと考えるのです。
残された写真のほとんどがおばさんたちが前面に出ています。
(おばさんたちには本当に可愛がってもらったので、誰が良いとか悪いとか、何が良くて何が悪いというようなお話ではないんです)
この遠慮した、ちょっとしんどそうな母を見て、幼い私は何を思っていたのでしょうか?
記憶にはありませんが、母の感情の何かを感じ取っていたのだと思います。
そして、それがどれくらい辛いものかを母の身になって共感したいという気持ちが現れても、おかしくないと思うのです。

◆原因がわかると今を変えていく事も出来るよ、きっと
「あ、そうか。。。」私が三人をあえて作ってその二人と距離を置いて、ちょっと切ない感情を作って
「あぁ、これは辛いよね、この状況で頑張っていたんだね、お母さん」
私はわかるよ
私たちは一緒だね
って思いたかったんじゃないか…って
三人を作っては私が離れていく原因の1つや、
二人の顔色を伺いながら緊張して接している理由が理解できたら
この方法はもう必要ないんだって
自分に言い聞かせて、やめさせてあげる事もできますよね?
この情けない状況が、自分の中至らなさからのものではなくて
大切な人を守りたい、愛したいという大きな愛からのものだったのですものね。
ありがとうって言って手放すことができそうですね。私も。

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