馬鹿にされてはいけないという思考は『馬鹿にされる私』が基本なのです。
◆離婚というものがきっかけになった自己価値
20年前の離婚がもたらした自己価値を長い間引きずってきました。周りから馬鹿にされていると思い続けてきたようで
馬鹿にされない様に頑張ってきた部分がほとんどだったなぁ・・・と思います。
自己価値が低いので
かわいそうがられると、
必要以上に惨めになって、惨めすぎて怒りを覚えます。
普通に扱われると、
普通に見えるまで頑張ってきているので
「あなたは良いよね、頑張らなくてもそこに居られるんだから』と言うひがみがおこります。
崇められる(良いように見られる)と、
「私はそんな価値のある人間ではありません」と
もっと頑張らなければいけないような気持になってしんどくなります。
とりあえず
自己価値が低いということはとってもしんどい事なのです。
自己価値が低いというのは
自分で自分の事を馬鹿にしているのと同じだと私は思っています。
周りが私の価値を決めたのではなくて自分が自分の価値を決めて、みんなにばれないように隠しているか
こんなにかわいそうな私を演じ続けて徹底的に責めるられるのを予防しているようなものだと思います。

◆馬鹿にされないように頑張った遍歴
彼の浮気発覚から
最初は、『捨てられた』感が強すぎて呆然自失、何が起きたのかわからない状態になってしまいました。
最初に取った行動は
彼が間違ったことをしているという感覚しかなかったので、何とか思いなおしなさいよ。と言う攻撃がはじまりました。
その後は
私のどこが悪かったのかを自己攻撃する日々が続きました。
このあたりから、なんだか人に馬鹿にされているんじゃないかという漠然とした感覚を受け始めます。
この時期、不思議なことに母親に馬鹿にされたという記憶があるのです。
彼の浮気が発覚したとき、母が
『かわいそうに』と言ったのですが
その「かわいそう」があまりにもかわいそうすぎて
親にかわいそうと言われるほどショックなことはなかったように思います。
でも、
当時はその言葉を受けて
『かわいそうな私』を増幅させていきました。

そうこうしているうちに二年が経つのですが
かわいそうの位置に居続ける事に限界を感じ出した私は
私から別れを切り出すようになります。
このまま一生かわいそうな私を連れて歩くのは耐えられなかったのです。
離婚後から私は可愛そうや、みじめさを隠し持ちながら自分の復活を目指してめちゃくちゃし始めるのです…
◆みじめさを隠すから弱くなれない
自分の中にあるみじめさを隠して、見ないことにして世間様とお付き合いをしているので
自分の弱さを出す訳にはいかなくなってきました。
ちょっとたしなめられてだけで

- 『馬鹿にされた~~~!」
「私が母子家庭だからって下に見ているんだわ」
「稼ぎが少ないし、貧乏臭さ漂っているのよね!」
「え?あ、そうね、新聞配達や警備員の仕事で子供育ててるってなんかドラマに出てくる貧乏とみじめさの象徴のような仕事だと思ってるよね?」
って、そんなこと言ってないよ…と言われそうな言葉をくっつけてしまっていたのはほかならぬ私自身だったんです。
◆「もっとましな仕事しろよ」が刺さる
こういうよな考えになって行った背景の一つには、離婚直後の彼の一言が心に刺さっていました。
当時は新聞配達でなんとか家計を支えていた時でしたが
『もっとちゃんとした仕事したら?』だったか
『もっとましな仕事しろよ』
だったかは忘れましたがそういうような言い方をされたと記憶しています。

その時のみじめさは本当に・・・きつかったです。
なぜなら、その時の彼を奪っていった彼女が『もっとましな仕事』をしていて頭脳明晰で輝いている人だったからなのです。
冷静に考えたら心配してくれていたのでしょうが、あの時は勝手に女作って出て行って、そのうえで私と彼女を比較していると思い込んでしまったのですね。
でも幼子二人を育てながらの一からの仕事としては新聞配達しか出来なくて・・・
自分で自分のに相当幻滅していたのかも知れませんし
こんな状態の生活しか出来ない私を親に持つ子供たちに顔向けできないとも思っていたのかも知れません。
ほんと、泣きました、彼の姿が消えてから。
惨めでみじめで、悔しいけれど言い返す言葉も思いつかないほど
確かに私って無能だよ・・・・という思いしかなかったものです。
でも、そんなこと言っていても生活は出来ないので、自分を否定しているという事を隠しながら生きていくしかありませんでした。

すっごく虚勢を張っていた時期です。
でもどうにもならなくて、毎日、明日がなくなればいいのにとか、世の中滅びてしまえとか
皆、どうしようもなく、しょうもない人間ばっかりだとか
ろくなこと考えていませんでしたね、本当に自暴自棄になりながらも、表面的にはすごく世の中にこびへつらって何とかこの酷い考えを持っている自分を見せないようにとしていたと思います。

ここで思うのは
自分の価値を自分で落としていると
ほめ言葉は8割減だし
けなされ言葉は数百、数千、数億倍
に聞こえます。
反すうするから忘れません、あの人にこんなひどいことを言われた!というのを忘れないように反芻しているうちに、それにふさわしい私にならなければ・・・と思ってしまって悪循環が起きていたようです。
20年間実証済みです。
◆頑張ったことは自分では分からないのと同じじくらい自分を卑下している事にも気が付かない
自分で自分をばかにしていると、人の事もばかにして心のバランスを取ろうとするようです。だって、ずーーっと人の下にいて、馬鹿にされ続けるのはあまりにも惨めすぎるんですもの。
この考え方でいくと
自分の事を馬鹿にしている度合いだけ人のことを馬鹿にせずにはいられないと言うことになっちゃいます。
人のことを認められないという心の中に
決して認めてはいない自分の価値があって、自分で自分の事をすごく馬鹿にしているんです。
でも、それは
過去の人の評価だったり、その時の思い付きで言われた言葉だったり、
或いは
その時、その忌まわしい言葉を発した人の持っている罪悪感や無価値感だったりするのです。
それをまるでお札のようにずっと携えてここまで来たのです。
剥がす事の出来ないお札だと思い込まされて来ただけで、実は、人があなたに勝手に貼って行って
貼り付けた事さえも忘れているような、そんなペラッぺらのただの薄い紙なのです。
トイレットペーパーよりも使えない奴かもしれないほどペラッぺらの紙を有り難くずっと貼り付けて
自分をしょうも無いもの扱いして来たのかもしれないね、って思える事が出来ますか?
そう思えたら
もう、そんな自分を馬鹿にしてしまうようなお札(ふだ)は捨ててしまえると思いませんか?

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