罪悪感があると、相手は「そんなこと言っていないのに」というようなネガティブストーリーを勝手に作り上げているかとがあるから厄介なんです
【普通の対応も罪悪感があるとすごくハードルが高いのだ】

心理学を学ぶ前のある日の事、昨日の残り湯で追い炊きしてお風呂に入っていたんですが…
入浴剤が溶けにくかったのか、湿気っていたのか、どうもお湯の色が良くなくて、私がお風呂に入った後にお湯を抜いたんです。
で、お風呂上がりにリビングに行くと、私と一緒に暮らしている娘がお風呂に入ろうとしていたので「あ、お風呂のお湯抜いたから」と、私が言いました。
すると娘がぶっきらぼうに「なんで!」と強い口調で言ってきたのです。
さて、ここから心理学です。
今までの私はと言いますと、この「なんで!」と強い口調できり返しをされると、↓ こういう言葉がくっついて聞こえてきたのです。
それは…
- 「ったく!
私がこの後お風呂に入るのわかってて抜いたんでしょう?だいたいあんたは自分さえよければいいと思っているところがあって私はそそういうところがいつもイライラするねん!
空気読めないその性格直したら?って言っても、いつも口先ばっかりでなおそうとしないよね?
昔からそう!
あの時もああだった、そういえば私の小さいころもこうだった!いつも自分の事しか考えていなかったよね!!!
あーーもういい!あんたなんか 大っ嫌い!最低!」
今思い返すと笑っちゃうくらい一人芝居、完全妄想なんですが当時の私にすれば本気でこう聞こえていたんです。
なぜかというと、これが罪悪感のなせる技なんですね~
罪悪感のある時の物事の見方は、私は悪い、私は罰せられるなんです。
だから、どんなことも
責められているように聞こえるんです。
昔の私は、あらゆるネガティブな出来事もすべて私が存在したからこうなったと思ってしまっていました。
あの頃は、誰かが口を開けば 私への攻撃だと思うくらい、それはそれは卑屈になっていました。
そんな姿を見て家族には度々「卑屈すぎる」と言われていました。
そこから紆余曲折あって、心理学を通じて学んだ結果、罪悪感は全くなくなったわけではないけれど…いつまでも、加害者、被害者意識でうじうじしているのは良くないよね?というところにまで到達したのです。
【罪悪感がないと、すっごく普通の会話ができるのだ】
例えば ↓ こんな感じに変化していきました。
「お風呂のお湯、抜いたよ」
「 え?何で!」ここまでは同じね♪(しっかり感じ悪い!)
罪悪感が無い場合の会話はこうなります

お湯が汚れている気がしたから、新しいお湯で気持ちよく入ってもらおうと思ったんよ♪
そ・・・そう?じゃあ入れ直すね♪
事実だけを聞いて事実だけを答えてます!
当たり前じゃないの?と思われるかもしれませんが、罪悪感があるから、そのぶん余計なものがくっついていつも誰かに攻撃されるという
戦いの世界に住んでいるようなものでした。
罪悪感が無いと、余計な言葉や含んだ意味を詮索する必要もなく、とってもシンプルなんですよね。
罪悪感って本当に厄介
生きていると、多少の『ごめんなさい』と思う場面はあると思うんですけどね。
だけど、自分が悪かったと思うあまり、罪悪感がこの世界の出来事を自分への攻撃と捉えすぎることにつながっていませんか?と問いたくなる事も多いんです。
「それは仕方なかったんじゃないですか?」とか「そこまで 背負う必要もないと思いますよ」と伝えたい事が多い気がします。
そんな時の私は「それはそれ、これはこれ、って考えてみましょうよ」って《必要以上の罪悪感》を降ろすことも大切なポイントになりますよ。という提案をしています。
ごめんなさいの気持ちは愛から生まれたものだし、だけどその時は未熟過ぎて傷つけてしまったのかもしれないし…
これからできる事も罪悪感で出来なくしているかもしれないし…
関係を悪化されるだけの罪悪感もあるし…
この罪悪感を 適度な罪悪感に小さくしていきましょうよ。
罪悪感は完全になくなる事はないから、小さくしましょうよ。
良い人ほど『私は悪い』って思うようなのですが、できる限り自分を許してあげると、周りの人も なんだか ほっとすることってあるんです。
なんだかいつも人から攻められているような気がして息苦しいの…と思われたら、心の中に根強く残っている罪悪感が ポイントになるかもしれませんね。
そして、そういう時は「もしも、罪悪感がない私が聞いたなら…」のシュミレーションをしてみてくださいな。
罪悪感が無い聞き方とは
相手に攻撃性が無いとしたならば?
です。
私も善意。
あなたも善意。
だとしたら?の聞き方をしてみて下さい。



この世界は、私たちがら思うより優しく穏やかです。



