私の離婚前後に新聞配達をして
何とか生計を保っていました。
女性の元へ行った彼からの
生活費が滞ってしまい
まだ就学前の子ども二人を抱えていた私にとって
ある一定金額を
子育てしながら稼いでいく方法として
住んでいたところから徒歩圏内に販売店があったということもあって
とりあえず始めてみました、新聞配達。
初めて乗ったホンダのカブ50cc
初日、新聞を積み込んでエンジンふかしたとたん
隣の店舗のシャッターにつっこみました

でも頑張って新聞の折り込み入れから朝刊夕刊配達と
集金も始めたんです。
なんとか生活できそうなくらいの収入が確保出来て
一生懸命だったある日
突然
虚しさと
切なさと
惨めさ
が襲ってきたことがあったんです。
それは
何とか生計を保っていました。
女性の元へ行った彼からの
生活費が滞ってしまい
まだ就学前の子ども二人を抱えていた私にとって
ある一定金額を
子育てしながら稼いでいく方法として
住んでいたところから徒歩圏内に販売店があったということもあって
とりあえず始めてみました、新聞配達。
初めて乗ったホンダのカブ50cc
初日、新聞を積み込んでエンジンふかしたとたん
隣の店舗のシャッターにつっこみました


でも頑張って新聞の折り込み入れから朝刊夕刊配達と
集金も始めたんです。
なんとか生活できそうなくらいの収入が確保出来て
一生懸命だったある日
突然
虚しさと
切なさと
惨めさ
が襲ってきたことがあったんです。
それは
朝刊配達の途中
時刻は 深夜の3時ごろだったと思うのですが
さっきまで晴れていた空模様が
急に険しくなって
稲光とともに
突然の豪雨になってしまったんです。
新聞は紙ですからね
濡れないように懐に入れながら
でも自分はずぶぬれになって
必死でのころの新聞を配り終えて
帰宅するころ
夜も明けてき始めていて
販売店で雑用をこなして帰宅するころは
巷では出勤時刻と重なっていました。
さっきまでの雨はウソのように
その時は朝日が射しこんでいます。
私があんなにもずぶぬれになって
濡れないように気を使って配っていたのがウソのようでした。
その時です
突然
何とも言えない惨めな感情が沸き上がって来たのです。
崩れ落ちる様に泣きました。
あのときのことを思い出して
惨めさが募る時というのは
みんなは幸せで
私以外の人は満ち足りているのに
この世の中で私だけが
満たされていないと感じてしまう時
そして
そんな困った私がいることを
誰も気づいてくれないんだと感じた時
惨めになる様に思います。
言い換えれば
分離している時です。
誰もわかってくれないと思う時
自分は誰もをわかろうとしていない時なんです。
困っているんだと言えば
必ず誰かが
手を差し伸べてくれる
という事を
信じていないんです。
みんなにバカにされていると思ってしまったのです。
さっきまでの雨に
グショグショに濡れて
新聞配達していた私。
雨が上がった朝
夜中の雨に気がついていない人達が出勤していく
私が
濡れながら
一晩中
働いていた事を
知らない人が
何事もなかった様に
1日を始めている。
みんなが雨に濡れていたり、
雨が降っていた事を
知っているのと
知らないのとでは
何か
惨めさが違う気がしたんです
みんなが貧しかった時代の貧しさは
耐えられるけど
多くが豊かさを強調していく中で
私一人だけ
貧しいのは
とっても
惨め
だなあ…って
あの時思っていました。
それくらい
一人ぼっちな感覚だったんでしょうね。
みなさんの中でも
なんだか惨めさが
感情として上がってくる時に
誰かとのつながりがきれているのかもしれませんね。
こういう時は
同じ様につながりが切れている人が目に付いたりします。
そういう人を見つけたら
直接でなくてもいいので
私達 誰かと繋がれたらいいよね。
って
思って見てください。
私達
という言葉に救われたりします。
私達という言葉は
一人ぼっちでは無いという
繋がりの言葉なのだと、わたしはおもいます。
誰か一人でも
この気持ちをわかってくれるのならば
もう少し頑張れる。
私は
そういう
理解者でありたいと思うのです。

デビューから一年と3か月
毎日アウトプット続けてきました。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
時刻は 深夜の3時ごろだったと思うのですが
さっきまで晴れていた空模様が
急に険しくなって
稲光とともに
突然の豪雨になってしまったんです。
新聞は紙ですからね
濡れないように懐に入れながら
でも自分はずぶぬれになって
必死でのころの新聞を配り終えて
帰宅するころ
夜も明けてき始めていて
販売店で雑用をこなして帰宅するころは
巷では出勤時刻と重なっていました。
さっきまでの雨はウソのように
その時は朝日が射しこんでいます。
私があんなにもずぶぬれになって
濡れないように気を使って配っていたのがウソのようでした。
その時です
突然
何とも言えない惨めな感情が沸き上がって来たのです。
崩れ落ちる様に泣きました。
あのときのことを思い出して
惨めさが募る時というのは
みんなは幸せで
私以外の人は満ち足りているのに
この世の中で私だけが
満たされていないと感じてしまう時
そして
そんな困った私がいることを
誰も気づいてくれないんだと感じた時
惨めになる様に思います。
言い換えれば
分離している時です。
誰もわかってくれないと思う時
自分は誰もをわかろうとしていない時なんです。
困っているんだと言えば
必ず誰かが
手を差し伸べてくれる
という事を
信じていないんです。
みんなにバカにされていると思ってしまったのです。
さっきまでの雨に
グショグショに濡れて
新聞配達していた私。
雨が上がった朝
夜中の雨に気がついていない人達が出勤していく
私が
濡れながら
一晩中
働いていた事を
知らない人が
何事もなかった様に
1日を始めている。
みんなが雨に濡れていたり、
雨が降っていた事を
知っているのと
知らないのとでは
何か
惨めさが違う気がしたんです
みんなが貧しかった時代の貧しさは
耐えられるけど
多くが豊かさを強調していく中で
私一人だけ
貧しいのは
とっても
惨め
だなあ…って
あの時思っていました。
それくらい
一人ぼっちな感覚だったんでしょうね。
みなさんの中でも
なんだか惨めさが
感情として上がってくる時に
誰かとのつながりがきれているのかもしれませんね。
こういう時は
同じ様につながりが切れている人が目に付いたりします。
そういう人を見つけたら
直接でなくてもいいので
私達 誰かと繋がれたらいいよね。
って
思って見てください。
私達
という言葉に救われたりします。
私達という言葉は
一人ぼっちでは無いという
繋がりの言葉なのだと、わたしはおもいます。
誰か一人でも
この気持ちをわかってくれるのならば
もう少し頑張れる。
私は
そういう
理解者でありたいと思うのです。

デビューから一年と3か月
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お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
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