【アメブロ:イキイキハッピーライフ】に投稿いたしました。

           

私たちは知らず知らずの間に

やらねばならないと

思い込んでいる事が増えているのかも知れませんね。


やらねばならないと思う事が増えて

やりたい事よりも
やらねばならない事の方が多くなっている時って

時間が無いと言う感覚に陥ります。

楽しいことをやっている時の
あっという間に過ぎていく時間の短さとは全く違う

時間の無さ

「こんなことをしていていいのだろうか?」という
漠然とした焦りのようなものを感じることって
ないでしょうか?

もし、そのような焦りを感じてしまうとしたら
『ねばならぬ』
にはまり込んだような状態の時かも知れません。

ネバならぬという
やらなければならないことの方が多いと感じる時、

まるで、
他の人たちとは違う空間に入る感覚とか
時間の使い方がとっても下手になっているのではないか?

と感じるようになっていることが多くなるようです。

それはまるで
他の人とは違う世界に暮らしているような感覚になったりしませんか?

例えるならば
『ネバーランドの住人』になっているようなもの
言い表せそうですね。

ピーターパンの物語のネバーランドではなく、
観念や、やらねばならぬ事がいっぱいの

『〜せねばならない」という『ねば』の国

ねばならぬ世界が広がっている世界
『せ』ネバーランドとでも言いましょうか?

なぜ、そのような小さな狭い世界に
自分を閉じ込めてしまったのでしょうね。

「せねばならぬ」の前には何があるのでしょう?

「せねばならぬ」の後ろには何があるのでしょう?

〇〇せねば△△だ!

というような表現で考えてみてくださいね。

例えば

家事をせねば妻として失格だと思われる

働かねば夫として失格だと思われる

勉強せねば叱られる

何かを頑張ったり、我慢しないと愛されない

というように

自由に、思うように
楽に、好きな事をしていると
罰せられる

という思い込みがありすぎると
せネバーランドから出ていく事が出来ないのです。

ピーターパンの住むネバーランドは
子供のまま成長せず
大人は入れない夢の国として描かれていますね。

せネバーランドの子供たちは

大人になった私たちの心の中にいる子供たちの国
なのだと考えてみたいと思います。

私たちの心にずっといる優しい子供が

もっと愛したくて

良かれと思ってやっていた事が
当たり前になってしまって、

もともとは愛からの行為、行動、思いが
やらなければ愛されない
やっているから愛される

という
誤解を外せずにいるのだと思います。

いまはもう
それをする必要もなくなっていたり

愛する人を愛せているのに

まだまだ足りないと思い込んで、
頑張り続けている心の中の子供の住処なのかも知れませんね。

でも、もう
この住処から
もっと広くて自由な世界へ飛び立ちましょう。

せネバーランドにいる子供たちは
とっても優しくて愛に満ちあふれています。

そんな愛あふれた子ども達ですもの、
これまでもたくさんの人たちを
救ってきたはずです。

自分では気づかないところで
ひとりひとりの存在が 力になっていたはずなのです。

そこでじゅうぶんやってきましたね。

もう飛び立ちましょう。

せネバーランドから旅立ちましょう。

あなたは
自由に生きても良いのです。

大空に手を広げて
大きく深呼吸して
声に出して言ってみませんか?

「私は じゅうぶんやって来ました
 私は もう飛び立つ時がやって来ました」

心の子供の背中に羽をつけて
大きな自由な世界へ飛び立たせてあげてくださいね。



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