私は、盆、正月というような四季折々のイベントや
年中行事が苦手です。

本当は、苦手でした。と言わなければならない様にも思うのですが
意識をしないと
四季折々の行事で心がヘロヘロになってしまうのです。

こういう時、心理学で言われるのは

父親との関係が良くないと
行事ごとが苦手になるのだと言われています。

父親は社会の象徴であり
シキタリ等の社会的な儀式、行事につながるのだとか?

確かに父親との距離も遠かった事には違いないのでですが

私が思う理由はもっと他にある様に思えて仕方がありません。


私は、何も教えられませんでした。
幼い私は
放任主義とか
過保護とか
そういうもの以外の何か・・・

例えば
腫れ物に触るような
というくらい、両親が遠巻きに私を見ていた感覚があります。

両親の温度が感じられないくらいの
でも、見えているというくらいの距離を感じます。

そして、私がやるべき何から何までを
先にやったしまっていたという感じです。

一緒に何かを作り上げたというのは
皆無です。

教えてもらうほどの距離に親はいないという感覚です。

見て覚えれば良いとか
今なら思いますけど

あまりにも幼い頃から
「あなたは何も出来ない子」
扱いされて来ました。

悪意は無いのでしょうけれど
母の無価値感は

私を使って

『私ってすごいでしょ』
『私がいないとこの子は何も出来なくて大変なの』

あぴがすごかったのです。

当時は私も

「私のお母さんってすごいわ」
って思っていましたし
確かに、とっても頑張ってなんでもやっていましたね。

でもね
いま思えば

私も出来た事がいっぱいあります。

あなたは出来ない子レッテルが
ピターーーっと貼られていたにで

そういう価値観で長いことやってきた様に思います。

私が出来ない子になって
人を喜ばせるという 手法を使って生き延びてきました。


親戚が集まる行事には
『私は素晴らしいアピール』をするので

その度に
どこかで惨めさを感じていた様です。

年中行事=自分の至らなさ

親の下に入って
何も出来ない子になって
母の満足そうな顔を見る。

今まではこれでも良かったんです。

何か変な気持ちになるけれど
それはきっと、私が世間知らずで母に迷惑かけたせいなのだわ

という解釈で自分を小さく、小さく扱う事で
つじつま合わせをしていた様に思います。

でも
どう考えても出来るよね?
ということが出来なかったり

面倒くさくなってしまってやらなかったり

どうしてこうなるのか分からない感情で
疲れきってしまうのです。

そうして

母は素晴らしい
私は出来ない

のイメージを壊さずに帰ってくるというパターンです。

パターンというのは
『パターンだな』

と気づいた時点で4分の1くらいは解決します。

そして
そのパターンが出来た大元を知ると半分は解決します。

残り半分は

理解とか、許しとかになるのですね。

こういう風に
心理学の[パターン]という考え方を使って

楽になって行きましょうというお話でした^ - ^

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