先日、久しぶりに学生時代の友人と再会して近況報告をしながらランチをしていた時の事です。

デザインの学校に通っていたこともあって、同期生はみんな独創的だったという過去のエピソードでもりあがったのでした。
でも、そにいた同級生の彼曰く「あのころは自由な発想が許されたし、本当に希望に燃えていて、いつも新しい事や面白い事、誰にも考えつかない事は何だろうと思いながら生きていた。だけど今は人に合わせて、人が何を好むかという事ばかりを考えている。」と言ってため息をついたのです。
そして「仕事だから仕方ないけどね」と言ったのです。
あれ?って思いました。「仕事ってそういうものなのか・・・」
私も同じようなことを考えて、煮詰まってデザインの世界から身を引いたのでしたが、最近は自分の望むことばかりできていたせいで、過去に商業デザインで彼と同じことを考えていたと言うことを忘れていたのでした。
彼はデザイナーとしてのセンスと能力はとても優秀で、昔から新しい感覚新しいものを探す目が素晴らしく、今の活躍ぶりは納得だったのですが
その彼が「仕事だから仕方ないけどね」と言っているのがどうもしっくりこなかったのです。
(以下彼の同意を得たお話です)
彼は優秀な御両親・・・というか、家系的に周りから尊敬され続けてきたお家の生まれで
だからこその余裕の様なものが振り幅となって、自由な発想や、物怖じしない大胆な言動が輝いていた若者でした。
でも、両親が望んだ道は彼には合っていなかったので、その部分で反発もあったり、思春期の独立精神で「親の言う道はいかないぞ!」の頑なさも持っていた様に思います。
その当時、彼が言っていたのは「親父の仕事は素晴らしいと思うけど、あまりにも辛そうに見えて俺にはできないと思う。」
「いつも人のために寝る間も惜しんで働いてる。でも、周りはそれをわかっていない。」
「俺はあんな生き方はしたくない。俺は自分のやりたい事をやって、自分のために生きていく。自分をちゃんと表現できる仕事につきたい」
その彼が今、「人の意見ばかり気にして、人に合わせて、人の嗜好に合わせて生きている。」
と言ってため息をついているのです。
「そんなにお父様が好きだったのね」と、つい言ってしまった私に、不思議そうに何かを聞こうとした瞬間、彼の方が気がついたのです。
「あ・・・俺は、親父と同じ様な事してるのか?」
『親父、どうしてそんなに人のために働くんだ?』
あの時のお父様の気持ちに寄り添って
あの時のお父様の気持ちを知りたくて
後追いをしている子供の様に
お父さんを・・・
「俺、心のどこかに、親父の期待を裏切ったって想いがあった事に今気がついたわ」
本当の自由は今からかもしれません。
仕事として、多くの人の嗜好に沿った作品作りも納得しながら、その制約の中で、どれくらい自分らしさを盛り込めるか?とか、人が本当に欲しているものを作って、自分がリードしていける様な、そんな仕事ができると良いなって思いました。

やっている事は同じでも、自分自身の気持ちや視点が変わるとモチベーションが変わってくるんですよね。
あんなに好きだったはずのものが、好きではなくなるという事にも何かしらの理由があるかも知れないんですよね。
それを知る事で、今の考え方が変わる事があるんですよね。
見方が変わって、変わった分だけ選択肢が増えるんです。
昔の考え方と、今の考え方の二つになるんです。
だから、見方を変えるたびに、器が大きくなるんだと思います。
私たちの幸せは、選択肢があればあるほど膨らんでいきます。
私の暮らしも、二拠点生活で、幸せも倍になっています。

環境が変わると、そこで感じている感情がそれぞれにあるからです。




仕事でも何でも、やらされていると感じるより、自分から「やろう!」と思ってやるのでは喜びが違いますからね。
先程の彼のように、どうしてこうなるんだ?という出来事には何かしらの理由があります。
それを知って、知った上で、自分の判断で物事を進めていけるようになると、人生は好転していけます。


デザインの学校に通っていたこともあって、同期生はみんな独創的だったという過去のエピソードでもりあがったのでした。
でも、そにいた同級生の彼曰く「あのころは自由な発想が許されたし、本当に希望に燃えていて、いつも新しい事や面白い事、誰にも考えつかない事は何だろうと思いながら生きていた。だけど今は人に合わせて、人が何を好むかという事ばかりを考えている。」と言ってため息をついたのです。
そして「仕事だから仕方ないけどね」と言ったのです。
あれ?って思いました。「仕事ってそういうものなのか・・・」
私も同じようなことを考えて、煮詰まってデザインの世界から身を引いたのでしたが、最近は自分の望むことばかりできていたせいで、過去に商業デザインで彼と同じことを考えていたと言うことを忘れていたのでした。
彼はデザイナーとしてのセンスと能力はとても優秀で、昔から新しい感覚新しいものを探す目が素晴らしく、今の活躍ぶりは納得だったのですが
その彼が「仕事だから仕方ないけどね」と言っているのがどうもしっくりこなかったのです。
(以下彼の同意を得たお話です)
彼は優秀な御両親・・・というか、家系的に周りから尊敬され続けてきたお家の生まれで
だからこその余裕の様なものが振り幅となって、自由な発想や、物怖じしない大胆な言動が輝いていた若者でした。
でも、両親が望んだ道は彼には合っていなかったので、その部分で反発もあったり、思春期の独立精神で「親の言う道はいかないぞ!」の頑なさも持っていた様に思います。
その当時、彼が言っていたのは「親父の仕事は素晴らしいと思うけど、あまりにも辛そうに見えて俺にはできないと思う。」
「いつも人のために寝る間も惜しんで働いてる。でも、周りはそれをわかっていない。」
「俺はあんな生き方はしたくない。俺は自分のやりたい事をやって、自分のために生きていく。自分をちゃんと表現できる仕事につきたい」
その彼が今、「人の意見ばかり気にして、人に合わせて、人の嗜好に合わせて生きている。」
と言ってため息をついているのです。
「そんなにお父様が好きだったのね」と、つい言ってしまった私に、不思議そうに何かを聞こうとした瞬間、彼の方が気がついたのです。
「あ・・・俺は、親父と同じ様な事してるのか?」
『親父、どうしてそんなに人のために働くんだ?』
あの時のお父様の気持ちに寄り添って
あの時のお父様の気持ちを知りたくて
後追いをしている子供の様に
お父さんを・・・
「俺、心のどこかに、親父の期待を裏切ったって想いがあった事に今気がついたわ」
本当の自由は今からかもしれません。
仕事として、多くの人の嗜好に沿った作品作りも納得しながら、その制約の中で、どれくらい自分らしさを盛り込めるか?とか、人が本当に欲しているものを作って、自分がリードしていける様な、そんな仕事ができると良いなって思いました。

やっている事は同じでも、自分自身の気持ちや視点が変わるとモチベーションが変わってくるんですよね。
あんなに好きだったはずのものが、好きではなくなるという事にも何かしらの理由があるかも知れないんですよね。
それを知る事で、今の考え方が変わる事があるんですよね。
見方が変わって、変わった分だけ選択肢が増えるんです。
昔の考え方と、今の考え方の二つになるんです。
だから、見方を変えるたびに、器が大きくなるんだと思います。
私たちの幸せは、選択肢があればあるほど膨らんでいきます。
私の暮らしも、二拠点生活で、幸せも倍になっています。

環境が変わると、そこで感じている感情がそれぞれにあるからです。




仕事でも何でも、やらされていると感じるより、自分から「やろう!」と思ってやるのでは喜びが違いますからね。
先程の彼のように、どうしてこうなるんだ?という出来事には何かしらの理由があります。
それを知って、知った上で、自分の判断で物事を進めていけるようになると、人生は好転していけます。


