子供より子供っぽい親にうんざりしながら生きてきた人がいます。
◆甘えさせてあげる側の人が甘えてくる恐怖
私のブログ記事の中で常に上位にいるタイトルが《子供っぽい親にうんざりしながら生きてきたあなたへ》です。どれほど多くの人が、子供っぽい親に悩んでいらっしゃるのだろうといつも感じていました。
甘えたい時期に甘える事で自分の世界観を作っていく大切な時期に、親の親代わりをしなくてはいけなかった世界は恐怖でしかなかったでしょう。
そんな恐怖を抱えてここまで頑張って来られた方に届けたいと思います。
子供っぽい親にうんざりしながら生きてきたあなたへ
このタイトル記事は2016年に書いたものですので、もう4年も前のものになります。読み返してみると、伝えきれていないと感じる部分もあったので、加筆修正して再投稿します。
本当は甘えさせてあげる側に立っている人からどっぷりと甘えられてしまう恐怖は言葉にできないほどのものがあっただろうと思います。
私自身がそういう《子供っぽい親》でしたので反省も込めてもう一度お伝えしたいことをまとめてみようと思いました。
◆「私の方が頑張っている」アピールをする親ってどうなの?


・自分の方が頑張っている。
・こんなに一生懸命育てているんだから文句を言うのはやめなさい。
・あなたのためにしてやっているんだから
というオーラを出して子供を甘えさせない親がいます。
大人としての責任を持つことから逃れたいけど逃れられないという怒りにも似た感覚を子供にぶつける親がいます。
自分が頑張っている事と、子供が甘えたいこととは別のはずなのです。
それなのに、自分が頑張って育てているんだと言わんばかりの態度です。
そればかりか、自分の面倒を見る人間がもう一人できた…という勘違いをしている場合もあります。
幼稚な親は、子供が甘えたいときに、自分の方がもっと甘えたいのに…と思っているのです。
自分が満たされなかった承認欲求を子供に求める親もいます。
本来は子供が満たしてもらうべき欲求を親から求められるというのは苦痛です。
我慢の極致です。
このような、大人になりきれていない、子供のような親の子供は大変です。
自分が甘えられないどころか、親の親役をやらなくてはいけない場合もあります。

自分の欲求を捨てて親のココロのめんどうを見ようとします。
今でもこんなに辛いのに、大人になったらもっと辛いんだ…


子供時代をちゃんと子供として育っていないのに、大人になることに恐れを抱いて大人になることもできない、どこにも行き場がない、居場所がないと感じてしまうようです。

親の親役?
これを聞くと、そんな小さな子どもに家事育児(?)が出来るはずないじゃないの?と疑問にも思われると思います。
実際に 幼いながらに家事をやらされてきた・・・とか
下に兄弟姉妹が出来たので子育ての補助をやってきた・・・とか
現実のそういう作業をさせられてきたという事例もあるかもしれません。
私の母親たちの世代である昭和初期では、戦後の混乱期に、下の子を背負って学校に行ったとか、そういう苦労されたお話は時々伺います。

この情景は、親代わりになって下の子の面倒を見るという姿ですね。
すごくわかりやすい親代わりで、親の面倒を見ているわけではありませんものね。
上記のお母さん役であればきっと、本当のお母さんも 『大人』だと思うのです。
自分が甘えていて、子供に頼ったりしていられる時代ではなかったので、子どもはお母さんの手の足りないところを手伝っていたという感じだったのではないかと想像します。
現代で、お母さんのお母さん役をやってこられたという意味は、お母さんの精神年齢があまりにも幼く、子どもを甘やかせてあげるだけの余裕のない女性の事を言っていると思ってください。
・・・というのも
私が、子供っぽいと言いますか、幼稚極まりない親の見本だったと反省するのです。
私は自分に自信がないのにちゃんとできる振りをしたかったのです。
『もう…できない』
自分が満たされなかった承認欲求を子供に求める親もいます。
本来は子供が満たしてもらうべき欲求を親から求められるというのは苦痛です。
我慢の極致です。
このような、大人になりきれていない、子供のような親の子供は大変です。
自分が甘えられないどころか、親の親役をやらなくてはいけない場合もあります。

自分の欲求を捨てて親のココロのめんどうを見ようとします。
今でもこんなに辛いのに、大人になったらもっと辛いんだ…


子供時代をちゃんと子供として育っていないのに、大人になることに恐れを抱いて大人になることもできない、どこにも行き場がない、居場所がないと感じてしまうようです。
◆置いてきぼりになった幼い自分

親の親役?
これを聞くと、そんな小さな子どもに家事育児(?)が出来るはずないじゃないの?と疑問にも思われると思います。
実際に 幼いながらに家事をやらされてきた・・・とか
下に兄弟姉妹が出来たので子育ての補助をやってきた・・・とか
現実のそういう作業をさせられてきたという事例もあるかもしれません。
私の母親たちの世代である昭和初期では、戦後の混乱期に、下の子を背負って学校に行ったとか、そういう苦労されたお話は時々伺います。

この情景は、親代わりになって下の子の面倒を見るという姿ですね。
すごくわかりやすい親代わりで、親の面倒を見ているわけではありませんものね。
上記のお母さん役であればきっと、本当のお母さんも 『大人』だと思うのです。
自分が甘えていて、子供に頼ったりしていられる時代ではなかったので、子どもはお母さんの手の足りないところを手伝っていたという感じだったのではないかと想像します。
現代で、お母さんのお母さん役をやってこられたという意味は、お母さんの精神年齢があまりにも幼く、子どもを甘やかせてあげるだけの余裕のない女性の事を言っていると思ってください。
・・・というのも
私が、子供っぽいと言いますか、幼稚極まりない親の見本だったと反省するのです。
私は自分に自信がないのにちゃんとできる振りをしたかったのです。
『もう…できない』
『無理・・・だれか助けて・・・』といつも誰かに助けを求めていました。
そして、助けてもらう相手を間違えて子供に甘えて生きていました。
本当に申し訳ないと思います。
私のような未熟な親に育てられた子供が置いてきぼりになってしまった子供の心を取り戻すために出来る事は、親である私が大人になる(成熟さ…責任を持つ)こと以外ないと学び続けてきました。
そして、助けてもらう相手を間違えて子供に甘えて生きていました。
本当に申し訳ないと思います。
私のような未熟な親に育てられた子供が置いてきぼりになってしまった子供の心を取り戻すために出来る事は、親である私が大人になる(成熟さ…責任を持つ)こと以外ないと学び続けてきました。
学べば学ぶほど、罪悪感との闘いになりました。
だから、多くの《子供っぽく未熟な心の親》にとっては見たくない、触れたくないものとして隅に押しやりたいものになっているのではないでしょうか?
私のような やるべきことをやらず甘えている親を、何とか助けたいと思ってきたあなた(子ども)は、自分が甘えることもできないことにどこかで辛く感じながらも何とかしたいと踏ん張ってやって来たのですね。
幼稚な親は子供に教えるのがが苦手な人が多いので、幼稚な親を持つあなたは自力で学び、ここまでやってきたのだと思います。
子供ですから上手に出来ることだって難しかったったと思います。
挫折や無力感を感じることも少なくなかったでしょう。
こんなに頑張って、立派に生きてきているのに「私はダメだ」「私は無力だ」と思っていらっしゃる方が本当に多いと思います。
親が幼稚で子供っぽく、うんざりしながらも生きてこられたあなたは、優しさと、受け止める力や大きな器を持っています。
私のような やるべきことをやらず甘えている親を、何とか助けたいと思ってきたあなた(子ども)は、自分が甘えることもできないことにどこかで辛く感じながらも何とかしたいと踏ん張ってやって来たのですね。
幼稚な親は子供に教えるのがが苦手な人が多いので、幼稚な親を持つあなたは自力で学び、ここまでやってきたのだと思います。
子供ですから上手に出来ることだって難しかったったと思います。
挫折や無力感を感じることも少なくなかったでしょう。
こんなに頑張って、立派に生きてきているのに「私はダメだ」「私は無力だ」と思っていらっしゃる方が本当に多いと思います。
親が幼稚で子供っぽく、うんざりしながらも生きてこられたあなたは、優しさと、受け止める力や大きな器を持っています。
持つような経験をしてきた…と言った方が当てはまるでしょうか。
あなたには、人を愛するという才能があります。
◆子供っぽい親を持つ人は、愛する才能を養ってきたにもかかわらず、自分には愛がないと思うのです

才能を持っている本人は自分の才能に気が付きません。
当たり前すぎるのです。
優しさに才能がある人ならば優しいのが当たり前すぎて
人から「優しいですね」と言われても なぜ優しいと言われているのか気が付きません。
それが当たり前だからです。
優しさに才能のある人こそ、自分が優しいとは思えないのと同じように
親をも甘えさせられる愛を持っているにも関わらず
自分の愛は価値が無い、愛せないと思っている人が、本当に多いと思います。
こんなに頑張ってやってきたのに親が幸せそうにしてくれないということにも関係している時もあります。
子供っぽい考えの親が幸せそうにし続ける事はほぼありません。
子供っぽいという事は自分が甘えさせてもらう立場から出ていないからです。
誰かが自分を愛することが当然で、自分から愛そうなんて言う気持ちにはなれていないからです。
愛してほしいと願い続けることは、いつも不足感を持っているのと同じことです。
自分の思ったような愛されかたをすることはほとんどありません。
人と自分は違いますから、自分の思ったように愛してくれるなんてことはほとんどないのです。
でもそれがわからないのが子供です。
なぜなら、自分から愛したことがないからです。
愛そうとするときに、相手の思うように愛するという事の難しさがわかるのです。
愛してほしい愛してほしいと思っている時は、いつも欲求不満になっているはずです。
愛の欲求不満でわがままばかり言うのは子供の特権なのに、あなたはその特権を一度も使う事はありませんでしたね?
本当はあなたがとるにふさわしい態度を、親がとっているのです。
どれほどつらかったでしょう?
今からでも気づいてもらって、取り返したいと思いますよね?
でも、たぶん…その思いはかなわないと思います。
考えてみてください。
親という立場で子供に甘えてしまう親が
いちいち感謝して、幸せそうにしてくれるほどの心の余力があるとは思えませんよね?
その部分は今大人になった自分が、幼いあなたを愛してあげる事が必要になってくるのです。
◆幼いあなたを愛で満たすインナーチャイルドワークをやってみましょう

あなたが自分の力では何もできない幼いころに
受け入れてもらいたいと思ったあなたのココロ


必死で良い子をしてきた。

甘える事も我慢してきた。

大人になるって
どれほどつらいことなんだろうって…思った。
大人になりたくないのに、子供ではいられなかった。




甘えきれなくて、大人になることを拒み続けてきたあなたがまだ、大人になったあなたのココロの中で迎えに来てくれるのを待っています。
本当は親が迎えに来て「あの時は悪かったね」って優しく抱きしめてくれるのを待っているんだけど
それもかないそうにないって思うから…



あなたがあの時の幼い心を抱きしめてあげてください。
あのころの甘えたい思いを満たしてあげてください。
そこからあの幼い子供は成長し始めます。
あの子はあの時のまま止まっていたのです。
あなたが迎えに来てくれるのを待っていたのです。
あなたが大人になって、迎えに来てくれるのを待っていたのです。
◆あきらめじゃなく手放していく「甘えたかったという思い」

こんな過酷な状況の中、あなたは今ここにいるという事が素晴らしいと私は思います。
甘える事を我慢してここまで頑張ってきたあなたは本当に素晴らしかったと思います。
欲しいものが手に入らないつらさを抑えて頑張ってきましたね。
その状況は本当に辛かったと思います。
その思いは、私たちカウンセラーや信頼できる人にお話しする事で安全な場所でドンドン自分の中から外に出していってください。
そうしながら『私は やれるだけの事はやってきたし、あれ以上は出来なかった』と思う事にコミットしていただきたいと思います。
そして『私の役割は もう終えている、私は私の人生を生きなければ』と決めてもらいたいと思っています。
親に甘えることを求められなかったその痛みはいつまでも心の底で泣いている感覚もするかもしれません。
大人の親にぎゅっと抱きしめられて心から安心を得たいと思う気持ちが上がってきたときに
実際の親子関係でその想いがかなうこともあるかも知れません。
逆に、望みがかなわない事もあるかも知れません。
そうすると
心は満たされないので、満たされないぽっかりと空いたところに『親』を入れ込んでしまうことがあるのです。
すると、心がくっついてしまうこともあります。
恨み辛みの状態でも良いから、ポッカリ空いた心の空洞に入れたくなってしまうのですね。
どこへ行っても、何をしていても親のことが気になってしまうという感じです。
心理学的には癒着という関係です。
心と心がべったりくっついて、自分の感情か相手の感情かがよくわからなくなる状態の事を言います。
こうなると、別の人とは思えないので
期待(〜してくれるはず)が大きくなっていくので裏切られる事も多くなります。
そうすると、大好きだったはずの人なのに、大好きだから一生懸命助けようとしていたくらいに大切な人なのに大嫌いになって行く事があるのです。
必要としてくれたあの人であっても、いっぱいごめんなさいがあったとしても
悔しくてこの人生の責任を取らせたくなったとしても、もう、離れましょう。
このままではあなたの人生が無くなってしまいます。
親のストーリーの脇役で終えてしまいます。
心の距離を取りましょう。
自分の人生の主役になりましょう。
そのためのインナーチャイルドワークです。
しがみつかないためのワークです。
甘えたかったという思いが気づかない間に離れられない距離になっている可能性があるのです。
これ以上くっつくことが出来ないほどの《癒着》している距離になっていたとしたら、もう離れる方向にしか意識がいかないので喧嘩が絶えなかったり、うんざりする事ばかりになってしまうのです。
近すぎるから傷つけあうことも多くなってくるのだと思います。
幼い頃は、親の力がないと生きていけませんでした。
生きて行く手段も思い付きませんでしたね。

でも、大人になったあなたはもう
自分の力で生きて行くことが出来る能力を備えてきたはずですよね。
離れましょう。
物理的な距離ではなく、心の距離を離しましょう。
剥がすのです。
悔しいとか、あの時の気持ちはどうしてくれるのよ!という感情はあると思いますが、それを持っているかぎり心は自由にはなりません。
うんざりして、嫌って、復讐心がわいて日々苦しくなるばかりです。
一度離れて、一人の大人として生きていきましょう。
そのためにインナーチャイルドワークで自分で自分のインナーチャイルドを癒してあげるのです。
そして、親のことを、弱い、どうしようもない困ったちゃん、でも…
出来ないなりに何とかしようと頑張っていたところが見えてくる距離まで離れられた時、大人のあなたが、頑張ってきたけれど不器用すぎてボロボロになってしまったその人に、手を差し伸べに行ける様になっていけることでしょう。
幼稚でどうしようも無かった親。
期待した分うんざりしてしまったけれど…
あの時甘えたかったあなたを抱きしめてあげられるくらいあなたは大人になっていることを知りましょう。
もう、これ以上 幼稚な子どものような親に振り回されないでください。
その人(親)の人生はその人のものです。
その人がちゃんと責任もって生きていくほうが良いと思います。
そうすると
あなたもあなたの人生に責任を持とうと思えるようになるのです。
子供っぽい親を恨み続けていることで、子供っぽい恨みをいっぱい持った大人にならないようにしていきましょう。

そのためのインナーチャイルドワークです。
しがみつかないためのワークです。
甘えたかったという思いが気づかない間に離れられない距離になっている可能性があるのです。
これ以上くっつくことが出来ないほどの《癒着》している距離になっていたとしたら、もう離れる方向にしか意識がいかないので喧嘩が絶えなかったり、うんざりする事ばかりになってしまうのです。
近すぎるから傷つけあうことも多くなってくるのだと思います。
幼い頃は、親の力がないと生きていけませんでした。
生きて行く手段も思い付きませんでしたね。

でも、大人になったあなたはもう
自分の力で生きて行くことが出来る能力を備えてきたはずですよね。
離れましょう。
物理的な距離ではなく、心の距離を離しましょう。
剥がすのです。
悔しいとか、あの時の気持ちはどうしてくれるのよ!という感情はあると思いますが、それを持っているかぎり心は自由にはなりません。
うんざりして、嫌って、復讐心がわいて日々苦しくなるばかりです。
一度離れて、一人の大人として生きていきましょう。
そのためにインナーチャイルドワークで自分で自分のインナーチャイルドを癒してあげるのです。
そして、親のことを、弱い、どうしようもない困ったちゃん、でも…
出来ないなりに何とかしようと頑張っていたところが見えてくる距離まで離れられた時、大人のあなたが、頑張ってきたけれど不器用すぎてボロボロになってしまったその人に、手を差し伸べに行ける様になっていけることでしょう。
幼稚でどうしようも無かった親。
期待した分うんざりしてしまったけれど…
あの時甘えたかったあなたを抱きしめてあげられるくらいあなたは大人になっていることを知りましょう。
もう、これ以上 幼稚な子どものような親に振り回されないでください。
その人(親)の人生はその人のものです。
その人がちゃんと責任もって生きていくほうが良いと思います。
そうすると
あなたもあなたの人生に責任を持とうと思えるようになるのです。
子供っぽい親を恨み続けていることで、子供っぽい恨みをいっぱい持った大人にならないようにしていきましょう。

