今まで何回かに分けて
私が持って生まれて来たであろう才能について書かせていただきました。
死と向き合うことで生きるという才能を発揮して
今生きていることの素晴らしさを伝えていくという才能であったり
誰かの希望になるということを伝えていくということであったり・・・
それも
自分で勝手に生きる才能があると決めてお話をさせていただきました。
そこまで自信を持ったのは
そう思わずにはいられないようなことが重なっていたからなのです。
私はカウンセラーになる前
葬儀会館の駐車場で車誘導の仕事をしていたのです。
俗にいう警備員として いろんなところへ配置されるのですが
私がなぜ警備員というお仕事をしようと思ったかと言いますと
離婚して二人の子供を育てていくために日給の高いところを選んだんですね。
社会保険だとか、将来が・・・世間体が・・・
は全く考えず
その日のご飯を食べさせられて
両親のいる家庭と引けを取らないような暮らしをさせてあげられるために
私が出来ることの中で
一番日銭が稼げたのです。
20年前、警備の仕事は日雇いにしては高給でしたからね。
でも、女性の働く場所ではなかったようにも思います。
トイレとか・・・そういう意味でも・・・。
今でこそ女性警備員はたくさんいますけれども
当時は珍しい方でした。
ちょっと見下されることもありましたけど
でも、男性と同じ待遇で働いただけの給料がもらえるのはありがたかったのです。
どんなことをしてでも子供に貧しい思いをさせたくなかったのです。
手に職があったり
才能があればもっとおしゃれで素敵な
子どもが自慢できるような商業にもつけたのでしょうけれど・・・
結婚する前のグラフィックデザインやイラストレイターをやっていても
安定した収入を得る自信がなかったのです。
そこに楽しみや才能が無いという感じはしていましたからね。
仕方なしに就いたと思われた警備員という仕事でしたが
そこで出来ることを一生懸命探して
できる限りの事をして
交通誘導1級、雑踏警備1級という資格を取ったりして
職場の隊長とか務めることも増えて
待遇もかなり良くなって行ったと思います。
何よりも、どんなことをしても
なんとか子供に惨めな想いをさせないようにしていました。
警備員という仕事は、道路上や工事現場でヘルメットをかぶって
誘導するものだとばかり思っていた私でしたが
警備の仕事を始めてすぐに配置されたのが
葬儀会館の駐車場という
ある意味特殊な場所だったのです。
ここでも『死』というキーワードが私について回るのだと思いましたね。
そこで見るいろんなものは
私にとって宝であり、財産となっていきます。
家族とは何なんだろう?
生きているとは何だろう?
どんなに悲しんでみても、当人の悲しみは当人でしかない。
その人の生きざまが葬儀に現れる
そして死への恐れもしっかり見せてもらえました。
それほどに興味があるのでしょうね。
本当に特別な、でも全く特別ではない世界を見せてもらってこれたことは
私の人生観を
地に足が付いた状態にしてくれました。
人は必ず死ぬ
だから 死に急ぐこともないよね・・・とか。
無限にあるように思ってしまう時間は
実はちゃんと期限があるのだよ
という真実を
しっかりと見ていくことが出来ているのも
この
葬儀会館の駐車場で
たくさんの葬儀や
たくさんの親族
たくさんの最期
たくさんの見送られ方
を見て来たからなのです。
新しく葬儀会館が出来るとき
ものすごい反対運動が起きるのも見てきました。
『死』や『葬儀』というものの扱われ方を目の当たりにしてきました。
人は必ず死ぬのに
それを忌み嫌う人の弱さ、
諸々の事を考えさせられました、
そして
この仕事、葬儀会館の駐車場警備というものに対する
ものすごく熱い思いが沸いてきます。
天職かも知れない・・・・と思ったときもあります。
警備員という職業は
見方によっては底辺の仕事だと感じさせられることも、正直ありました。
だけど
その位置だからこそ見える、見せてもらえる
本来の その人の姿というものもいっぱい見せてもらいました。
カウンセラーになった今
葬儀会館駐車場警備をひたすらやっていた20年間のなかで見てきたものは
すべて財産となっています。
あの葬儀会館で
一警備員である私をものすごく尊重してくださる葬儀会館のスタッフ全員
全員です、本当に愛されました。
そして
その仕事に送り出してくれる警備会社にものすごく大切に扱ってもらい
待遇も最高で
仕事をしているというより
愛されに行っているという感覚のほうが大きく
ここに来るために産まれてきたのではないだろうか?と思いながら働いていたことを思い出します。
私に必要なものは
常に自然な形で現れ与えられるのだと思いましたね。
そして
自然な形でそこも卒業していくのです。
卒業という限りは
そこで学んだことが次に活かされていくのですよね。
才能を使うというのはそういうことなのかな?と思います。
持って生まれて来た才能とは
それを使わざるを得ないような出来事が起こるのだと思います。
その才能を伸ばすために、学べるように
出来事はやってくるのかもしれません。
それは一見、問題に見えたりもするのでしょうが
自分が持って生まれて来た才能に気づかされ、
磨かれていくプロセスなのかも知れませんね。

私が持って生まれて来たであろう才能について書かせていただきました。
死と向き合うことで生きるという才能を発揮して
今生きていることの素晴らしさを伝えていくという才能であったり
誰かの希望になるということを伝えていくということであったり・・・
それも
自分で勝手に生きる才能があると決めてお話をさせていただきました。
そこまで自信を持ったのは
そう思わずにはいられないようなことが重なっていたからなのです。
私はカウンセラーになる前
葬儀会館の駐車場で車誘導の仕事をしていたのです。
俗にいう警備員として いろんなところへ配置されるのですが
私がなぜ警備員というお仕事をしようと思ったかと言いますと
離婚して二人の子供を育てていくために日給の高いところを選んだんですね。
社会保険だとか、将来が・・・世間体が・・・
は全く考えず
その日のご飯を食べさせられて
両親のいる家庭と引けを取らないような暮らしをさせてあげられるために
私が出来ることの中で
一番日銭が稼げたのです。
20年前、警備の仕事は日雇いにしては高給でしたからね。
でも、女性の働く場所ではなかったようにも思います。
トイレとか・・・そういう意味でも・・・。
今でこそ女性警備員はたくさんいますけれども
当時は珍しい方でした。
ちょっと見下されることもありましたけど
でも、男性と同じ待遇で働いただけの給料がもらえるのはありがたかったのです。
どんなことをしてでも子供に貧しい思いをさせたくなかったのです。
手に職があったり
才能があればもっとおしゃれで素敵な
子どもが自慢できるような商業にもつけたのでしょうけれど・・・
結婚する前のグラフィックデザインやイラストレイターをやっていても
安定した収入を得る自信がなかったのです。
そこに楽しみや才能が無いという感じはしていましたからね。
仕方なしに就いたと思われた警備員という仕事でしたが
そこで出来ることを一生懸命探して
できる限りの事をして
交通誘導1級、雑踏警備1級という資格を取ったりして
職場の隊長とか務めることも増えて
待遇もかなり良くなって行ったと思います。
何よりも、どんなことをしても
なんとか子供に惨めな想いをさせないようにしていました。
警備員という仕事は、道路上や工事現場でヘルメットをかぶって
誘導するものだとばかり思っていた私でしたが
警備の仕事を始めてすぐに配置されたのが
葬儀会館の駐車場という
ある意味特殊な場所だったのです。
ここでも『死』というキーワードが私について回るのだと思いましたね。
そこで見るいろんなものは
私にとって宝であり、財産となっていきます。
家族とは何なんだろう?
生きているとは何だろう?
どんなに悲しんでみても、当人の悲しみは当人でしかない。
その人の生きざまが葬儀に現れる
そして死への恐れもしっかり見せてもらえました。
それほどに興味があるのでしょうね。
本当に特別な、でも全く特別ではない世界を見せてもらってこれたことは
私の人生観を
地に足が付いた状態にしてくれました。
人は必ず死ぬ
だから 死に急ぐこともないよね・・・とか。
無限にあるように思ってしまう時間は
実はちゃんと期限があるのだよ
という真実を
しっかりと見ていくことが出来ているのも
この
葬儀会館の駐車場で
たくさんの葬儀や
たくさんの親族
たくさんの最期
たくさんの見送られ方
を見て来たからなのです。
新しく葬儀会館が出来るとき
ものすごい反対運動が起きるのも見てきました。
『死』や『葬儀』というものの扱われ方を目の当たりにしてきました。
人は必ず死ぬのに
それを忌み嫌う人の弱さ、
諸々の事を考えさせられました、
そして
この仕事、葬儀会館の駐車場警備というものに対する
ものすごく熱い思いが沸いてきます。
天職かも知れない・・・・と思ったときもあります。
警備員という職業は
見方によっては底辺の仕事だと感じさせられることも、正直ありました。
だけど
その位置だからこそ見える、見せてもらえる
本来の その人の姿というものもいっぱい見せてもらいました。
カウンセラーになった今
葬儀会館駐車場警備をひたすらやっていた20年間のなかで見てきたものは
すべて財産となっています。
あの葬儀会館で
一警備員である私をものすごく尊重してくださる葬儀会館のスタッフ全員
全員です、本当に愛されました。
そして
その仕事に送り出してくれる警備会社にものすごく大切に扱ってもらい
待遇も最高で
仕事をしているというより
愛されに行っているという感覚のほうが大きく
ここに来るために産まれてきたのではないだろうか?と思いながら働いていたことを思い出します。
私に必要なものは
常に自然な形で現れ与えられるのだと思いましたね。
そして
自然な形でそこも卒業していくのです。
卒業という限りは
そこで学んだことが次に活かされていくのですよね。
才能を使うというのはそういうことなのかな?と思います。
持って生まれて来た才能とは
それを使わざるを得ないような出来事が起こるのだと思います。
その才能を伸ばすために、学べるように
出来事はやってくるのかもしれません。
それは一見、問題に見えたりもするのでしょうが
自分が持って生まれて来た才能に気づかされ、
磨かれていくプロセスなのかも知れませんね。

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