人と自分を比べる時に
人の一番いいところと、
自分の一番悪いと思うところを比較すると言います。
勝ち目のない競争をしようとするのです。
例えばこのように↓自分ともう一人の人がいたとしますよね。
人には個性があって、それぞれの能力、魅力があって
人と比べることなんてしなくても良いし
出来るものではないんですけれど
どうしても自分には厳しくなりますから
自分の一番ダメだと思っている部分と人のすごく優れている部分とを比べて
「やっぱり私は劣ってる」と落ち込んだりするみたいなんです。
でも、見方を変えると
自分のこの部分(頭)もある訳ですよ。

自分が気づいていない能力、才能、魅力なのかも知れませんが
人から見たら、それは逆転した見方になっているかもしれないんですよね?
こんな感じで(図の赤の部分)
あなたにはあなたの魅力がかならずあるのだと思います。
同じように
私にも私の魅力があると思っています。
こんな風に全く違うものと違うものを比べてへこむよりも
お互いの良いところ同志を
「すごいね」「あなたもね」
と認めあってれば問題ないと思うんですね。
例えば
美術、絵画の巨匠のような人が
数学の教授のように難しい数式が説けないって悩みませんよね?
因数分解出来ないからって特別問題ありませんよね?
ここで因数分解っていうのも.アレですけど。
私の数学は因数分解で見切りをつけたもので…
『博士の愛した数式』という小説に、数式は美しいとか、
答えは一つというところが美しいとか、ありました。
それがわかる人もいれば
私のように
答えが複数あるもの、どんな捉え方をしてもいいものとか
好きなタイプもある訳ですよ。
雰囲気で伝わるものとか好きだし、得意です。
人それぞれ得意、不得意があっていいんです。
あった方が面白いじゃないですか?
いいとか悪いとかって
本人の思い込みによるところが大きいみたいですよ。
思い込みって本当に、
自分の中でどんどん膨れ上がっていくみたいですよ。
続きます・・・
人の一番いいところと、
自分の一番悪いと思うところを比較すると言います。
勝ち目のない競争をしようとするのです。
例えばこのように↓自分ともう一人の人がいたとしますよね。
人には個性があって、それぞれの能力、魅力があって
人と比べることなんてしなくても良いし
出来るものではないんですけれど
どうしても自分には厳しくなりますから
自分の一番ダメだと思っている部分と人のすごく優れている部分とを比べて
「やっぱり私は劣ってる」と落ち込んだりするみたいなんです。
でも、見方を変えると
自分のこの部分(頭)もある訳ですよ。

自分が気づいていない能力、才能、魅力なのかも知れませんが
人から見たら、それは逆転した見方になっているかもしれないんですよね?
こんな感じで(図の赤の部分)
あなたにはあなたの魅力がかならずあるのだと思います。
同じように
私にも私の魅力があると思っています。
こんな風に全く違うものと違うものを比べてへこむよりも
お互いの良いところ同志を
「すごいね」「あなたもね」
と認めあってれば問題ないと思うんですね。
例えば
美術、絵画の巨匠のような人が
数学の教授のように難しい数式が説けないって悩みませんよね?
因数分解出来ないからって特別問題ありませんよね?
ここで因数分解っていうのも.アレですけど。
私の数学は因数分解で見切りをつけたもので…
『博士の愛した数式』という小説に、数式は美しいとか、
答えは一つというところが美しいとか、ありました。
それがわかる人もいれば
私のように
答えが複数あるもの、どんな捉え方をしてもいいものとか
好きなタイプもある訳ですよ。
雰囲気で伝わるものとか好きだし、得意です。
人それぞれ得意、不得意があっていいんです。
あった方が面白いじゃないですか?
いいとか悪いとかって
本人の思い込みによるところが大きいみたいですよ。
思い込みって本当に、
自分の中でどんどん膨れ上がっていくみたいですよ。
続きます・・・