昨日の続きです
今27才の娘に起きたミラクルとでも言える出来事のお話をしたいと思います。
20年前の離婚をきっかけに、私の生活は荒れ初めて
子どもをちゃんと見てやれなかった時代が続くうちに
娘は中学一年の時不登校から引きこもる生活になっていました。
15年くらいそういう生活が続いていたんですが
最初の頃は、周りの家庭がすごく羨ましかったですね。
どうして私だけこんな目に合うんだろうって思っていました。
他の人に嫉妬してました。
嫉妬している間って前に進めないんですよね。
何よ!あの人ばっかりと思ったり
出来ないことばかりで、無いものばかりの中で
「どうせ私は・・・」という諦めや
嫉妬のような感情がいっぱいある中で暮らしていたと思います。
「あの人にはあって 私には無い」
という感覚
「あの人のようには 私は絶対なれない」
というひがみばっかりでした。
この嫉妬というものについてちょっとお話しさせてくださいね。
この嫉妬はどこからやってくるのかと言いますとね
『あの人にはあって、私には無い』とか
『あの人が手に入れているものは、私には絶対手に入らない物』
だと思い込んでいる時に湧き上がってくるものらしいんです。
じゃあ、この嫉妬を何に変えていけば
『変わりたい、人生をもっと良く変えていきたい』
という気持ちに変換することが出来るのかと考えた時
同じようで違う言葉があります。
『憧れ』という言葉です。
嫉妬もあこがれも自分が欲しいものを持っている人に対して感じるものですよね。
この二つの感情の違いは
嫉妬してしまうほどの素晴らしい要素が
私にもあるんだと思えるか思えないか…と言うことだと思います。
私にもあるかも知れないと思うと
いつかあんなふうになりたいとか、
手に入れるための努力をしてみようとか、
どうしたらあんなふうになれるのだろうとか
思えるんじゃないかな?と思います。
自分が望んでも手に入れられないと思うから、
すごく欲しいものを手にしているように見えている
その人やモノが羨ましくて、悔しいのだと思うのです。
だけど、本当にそうなのかな?と疑ってみたくださいね。
これって本当に手に入らない、絶対無理なことなのかな?
という疑いを持ってみるというのも
今回私が皆様にお伝えしたいことの一つなのです。
自分の中にある要素にしか人は反応しないと言われているんですね。
だから、私やみなさんが、
「いいな~」
「うらやましいな~」と思ったものは
みなさんの中に、あるものに反応している
ということなんですよね。
全く同じものではないかもしれません。
欲しい形で目の前に現れないかもしれません。
思い通りの状態ではないかも知れません。
でも、手に入れようと思えば、手に入るかもしれない
と思ってみるのが大切なことなのかな?と思うのです。
そのためにやっておきたいことというのは、
思ってもいなかった幸運が棚から落ちてきても
『やった~!ラッキー』
と喜べるような自分になっておくっていうことなのでしょうね?

この嫉妬している最中の「どうせ私は」というところに居る間は、
私は悲劇の主人公であり被害者であり、
誰かが変わってくれることばかりを望んで
訴えていたように思います。
欲しいものがあるのにそれを嫉妬やひがみに変えてしまっていて
どうしたら手に入るかとか
ワクワクするという感情からは程遠かったと思います。
スクールカウンセリングも毎週通っていたにも関わらず、
全く変化がないように思えました。
それはそうですよ
自分が変わろうとしていなかったんですからね。
変わるのは子ども達であって、私ではない。
変わるべきは世の中であって 私ではない。
って感じでしたね。
自分が変わろうとしないというのは
ぼたもちが落ちて来そうな場所に行こうとはしていなかった
という事なんですよね。
中学から不登校、引きこもりではありましたが
娘の年齢が上がってくると
娘の心にも、このままではダメかもしれないと言う焦りが起きてきます。
年齢に対する制限というものがちらちら見え始めます。
それは
回りと比べたり、常識というものを意識しだした時に沸き上がる、
焦りと不安でもありました。
今はこれでもいいけど、
本当にこんな生活で将来大丈夫なんだろうか?
って思ってきたようなんです
気が付くと娘は20代の半ばくらいになっていました。
何をするにも遅すぎる、
もう生きていても仕方がない
とまで言うようになっていました。
冷静に考えればまだまだ若いのですけれどもね。
学歴コンプレックスが彼女の人生を狭めていきます。
意を決してアルバイトの申し込みの電話をしても、
履歴書を書く段階で、学歴を書けないと、そこで挫折
また引きこもっていくこともありました。
自分を変えたい、このままではいやだと、
挑戦しようとする娘の前に立ちはだかる学歴コンプレックスや
人と同じことが出来なかったこと
もしかしたら
もうちょっと頑張っていたら出来ていたのに
やらなかったのかも知れないと悔やむ心や
取り返せない過去の自分の弱さにがんじがらめになって
一歩たりとも動くことが出来なくなっている様子でした。
このころには私も疲れていました。
私にも希望はなくなっていました。
私も、人と比べていたんでしょうね。
世間の目、世間の常識
そんなものに惑わされていた時期だったと思います。
続きます・・・