心が乗っ取られていく感じ②子ども達編の続き
子ども達がどんな気持ちで過ごしていたかなど気にもしていなかった 馬鹿な母親は、その時まで、子ども達は自分の思い通りになるものだと思っていました。
子供というのはずっと 親の言うことを聞くものだと思っていました。
私のことを絶対嫌わないものだと思っていました 。
子供の無償の愛に甘えていたと思います。
それくらい子供たちは、ただ、ただ、私を愛してくれていました。
、私は その愛に甘えていました。
思春期という 大切な 親離れの時期までは。

子供たちは、体を張って私に教えてくれたのです 。
少し頭を冷やして 考えるのだ!と。
それをすぐに理解できるほどに私は 親として育ってはいませんでした。
こうなったのは私のせいだと わざとらしいほどに自分を責め 被害者ぶっていました。
私が被害者だとすれば、誰が加害者なのでしょう?
そう、子ども達が加害者であり こんな生活にさせた元の旦那が加害者であり、 そもそも こんな私を産んだ親が加害者だと言わんばかりの 被害者ぶりっ子をしていました。
被害者を装うのですが、本当は自分が加害者であると思っているために それをカモフラージュするための被害者意識です。
そこには 大きな、大きな罪悪感があるのでした。
そして、 その時すでに 私の心は 子ども達に乗っ取られていました。
罪悪感というものが私に自由を無くさせていました。
罪悪感というものは、本当に厄介なもので 自分が悪いと思うあまり、人が自分を責めるものだと思い込み いろんな策をこしらえるのです。
自分の罪悪感を薄めるために、自分よりもっともっと悪い人を作り上げて 自分を助けようとしたり 相手が責めるスキを与えないように働き詰めで、悲壮感を出してみたり ろくなことはしませんでした。
前回にお話したように、補償行為というものを使って 自分を被害者の位置に置き続けるのです。
勝手に奴隷になって被害者を演じるような卑怯な親になっていました。
子ども達がご機嫌でいてくれることが 私への許しであると勘違いしていた私は、子ども達のご機嫌取りばかりをしていました。
彼、彼女達がちょっとでも不機嫌であれば私の心はものすごく乱れ
不機嫌=私を責める行為 と思い込んでいましたので、常にご機嫌取りをしている状態です。
そんなことをしているうちに、 子ども達の感情が私のその時の感情を決めるというくらい 心の距離がべったりになってしまっていたのです。
これは、心理学で言う 癒着 という状態です。

自分の気持ちか、相手の気持ちか 境目がわからなくなってしまうという状態です。
子ども達が嬉しいと私も嬉しい、子ども達が悲しいと私は悲しい もう、自分の感情がコントロール出来ない状態になって 毎日フラフラでした。
毎日、子ども達のご機嫌をうかがいながら生活をしているという どうしようもなく 自分を無くし、自分の考えなど全くないような生活でした。
犠牲的にお世話をするという感覚が、自分で勝手にやっているにもかかわらず、腹立たしくイラついて そしてどうしようもなく煮詰まってしまった時に爆発させては関係性を悪くしていくのです。
「わかってよ!」 と、怒ってましたが、いったい何をわかってほしいのかを自分でもわかっていませんでした。
でも、 子どもたちに お母さんはいっぱいいっぱいなのだということを ちゃんと言葉で伝えることは出来ていませんでした。
ここからどう抜けていけるのかのめどさえ立ちませんでした。
毎日、頭と心は子どものことばかりでした。
離婚直前の時に元夫と、その不倫相手の彼女のことばかりになっていたのと ほとんど同じ状態でした。
次回に続きます

