ある時から私は…心が誰かに乗っ取られたような感覚になりました。
今日はその時のお話をしたいと思います。◆心が乗っ取られるとは…?

自分が自分ではないような 人の感情に引きずられているような 自分では コントロールできないような そんな感覚のことです。
最初に自覚したのは結婚していた時のことです。
最初のうちは良かったのです。
彼の愛情が消えることはないと 根拠のない自信に満ち満ちていましたので 思ったように振舞っていました。
ところが、 彼の浮気(本気?)が発覚してからというもの 心の中が 夫のこと(と彼女のこと)ばかりになったのです。
彼が見ている自分が自分だし 彼女と比べた自分が自分でした。
自分の考えは捨て、彼が気にいるだろうと想像した言葉を選び、 彼女との比較をしながら自己価値を決めているという毎日だったように思います。
それがあまりにも苦しくて、 シンプルな一人の人間になりたいと思う気持ちが離婚の方に向かわせたのではないかと思うくらい、あの時は私という人間が無くなっていました。
心理学では 彼と別れたいとか、仕事を辞めたいとか そういう気持ちになるときは 彼と別れたいのではなくて 彼といる時の その気持ちと離れたいのだと言います。
仕事を辞めたいと思う時は その仕事がどうとかではなくて、 その職場に居る時の自分の感情が嫌で、そこから遠のきたいのだと言われています。
ああ、そう言われればそうだなあ・・・と思い当たることはあります。
窮屈で、苦しくて そこから逃れたい一心で離婚を選んだ気がします。
自分の意志でその窮屈を選んでいたにもかかわらず、なのです。
彼といるときの愛されていないという無価値感
愛を受け取ってもらえないというみじめさ
その苦しみから 抜け出したい一心だったと思います。
そんなことがあって、私は 離婚を選びました。
その場の楽を選んだ・・・と今の私は思っています。
それでも、 その離婚によって、私は私の心を取り戻したように 自分の意志で、誰にも気を使うことなく、突っ走りました。
解き放たれたような気分とでもいうのでしょうか?
何かの反動のように、自分を必死で取り戻そうとするかのように 自分の思うように突っ走りました。
突っ走ったというよりも、さまよっていたという感じでしょうか。
自分の居場所を探して、私を必要としてくれる場所を探していました。
子どもを両脇に抱えて「だれか、私たちの面倒を見てー」と走っていた気がします。
子ども達を巻き込んで、自分の思うように、本当に思いつくまま、 自由奔放というか、無我夢中に生きていたように思います。
これも、何かに心を乗っ取られた状態だったのでしょう。
今から考えると 冷静さは全くなかったように思います。
自分ではコントロールできないような、そんな感覚ではありました。
だけど、そんな暮らしはそんなに長くは続きませんでした。
離婚後、無我夢中の時は感じなかったこの《乗っ取られた感じ》ですが ある意味暴走気味な私にブレーキをかけるような出来事が起こります。
思春期に差し掛かった子ども達が、反乱を起こし始めたのです。
そして、それを機会に私はまた、 自分が自分ではなくなっていったように思います。
あらたな 乗っ取られ感に苦しみます。
次回に続きます


