今日は私の56回目の誕生日なのです。
なので、この機会に母親との関係をあらためて考えてみようと思います。
自分が育っていた環境は、みんな同じようなのだと思っていたのですが
結婚生活や、離婚後、子育てを通じて
なんだかわからないけれど生き辛さを感じはじめて、
心理学に救いを求め学んでいくうちに
自分の中では 当たり前、常識、だと思っていたことが
案外そうでもないんじゃないの?と
気づかせてくれることがたくさんありました。
その中でも
驚愕の事実と言いますか、目からうろこ状態の ことがありまして
親を嫌いになってはいけない
と
長い長い間思っていました。
長い長いって、どれくらい長いかと言いますと
50年
50年!!!
半世紀!
江戸時代なら天寿を全うしてる!
違和感はありまさしたよ、ええ、なんかおかしい…と。
こんな親子関係は、何かおかしいのではないかと・・・
思っていました。
でもね
なんか、当時の親、特に母親を見ているとね
子供のために(私のために)ものすごい犠牲をしているようで
自分の幸せよりも、私のために…
みたいなオーラバンバン出されていて
ああ、私はこんなにも私のことを思って私のために生きてくれている人を
悲しませてはいけないんだ・・・と思っていました。
それなのに
私に辛いことがあったりして、母親に愚痴ったりすると
私よりもっと辛い顔するから、私よりもっと不安になるから
それ以上辛いって言えないということもあったように思います。
相談したら辛さが半分になるものだと思っていたら
倍になっていたようにも思います。
(自分の不安+母親の心配も抱えるというとです)
そういうこともあって、
親には心配かけない、かけてはいけないというのが世の常識だと思っていたわけで
親は私のために生きていると思っていましたから嫌いになるなんて、とんでもない!
神に背くくらいのタブーだったわけです。
(ちなみに我が家は 仏教ですが・・・)
特に母親は、自分の楽しみなど持っていないのではないかと思うくらいでした。
それに比べて、父は・・・なんか 自由そうに生きていて
それに耐える母親というイメージが
私の中で出来上がっていたりするものですから
全面的に母親の味方、母親側についていた状態です。
おかげさまで
父には思いっきり思春期させていただきました。
今から考えると、とてもありがたいことだと思っています。
ちゃんと嫌わせていただきましたから。
すごく好きだったという気持ちを取り戻すまでに
病気で亡くなってしまいましたが・・・
(これについても 後日書かせていただきたいと思っております)
でも、そのような素晴らしい母親であるにもかかわらず
なんかイラっとしてる自分もいるわけですよ。
そんな時、イラっとする自分が間違っていると思っていたんです。
イラっとするたびに 自己価値が低くなって
自分はなんてひどい子供なんだろうって すごく責める気持ちになってしまうので、
極力、母との心の距離を離そうとするのです。
物理的な距離も離そうとすればするほど、心の距離がくっつくんです。
物理的な距離を取れば、罪悪感でつながってしまい
心の距離を取ろうとすれば不自然に無表情に接してしまい
もう、どうしていいかわからなくなっていました。
無理に距離を取ろうとすると
母の動きを監視していないといけない状態になります。
意識はいつも母にあったような状態です。
そうでないと、ふいに目の前に表れることが怖いのです。
心の準備をしておかないと
母親に侵入されてしまうかのような怖さを感じていました。
怖いという、意味のわからない親子関係になっていました。
母の心の状態をいつも探り、自分の感情か、母の感情かすらわからなくなってしまっていました。
こういう状態のことを、心理学では 癒着 と言います。
癒着というくらいですから、
べったりとくっついていて 離れないのです。
離そうとすると それはそれは大きな力をかけないと離れないのです。
すごく嫌いになるとかも 癒着の関係にあるということが多いのです。
それくらい嫌わなければ、離れられないという心理状態です。
親を嫌いになってはいけないという観念がこびりついている私は、それすらも出来なかったので、母親といるときは、自分の意志はほとんど入れず、ほぼイエスマンとなり、気に入らないときは物理的な距離を取るという
なんとも幼稚で、解決策のない方法で身を守っていました。
母には本当に申し訳ないと思うのですが・・・
母といると、船酔いのような 気持ちの悪さを感じていました。
家族の距離感に加えて、一人っ子ということもあって、論議するとか、意見を言い合うとかはもちろん、口論、喧嘩がとっても苦手な子供になっていました。
こういう人との距離感に、違和感はありましたが、それ以外の方法を知らずに育っていますからね。
心理学にふれるまでは 自分が癒着しているなんてことも思ってもいなかったのですよね。
でもね、そこに気づかせてもらったというだけでもとっても楽になったんです。
あぁ、そういうことだったのか!
とか、
この関係は私と母親だけに留まらず、
わが娘との間にも同じようなことが起こっていましたし、
母に対してもそうなるにはそうなるだけの理由があったということも後々知って、
抑えていたものが 抜けていく感じでした。
○○してはいけないと抑圧していたものに
○○してもいいし、しなくてもいい
という、許可や自由を与えることで すごく楽になっていくものなのですよね。
このように、自分にとって当たり前だと思っていたことが、そうでもなかったのだとか
いろんな方向からのものの見方が出来るようになるということは、生き方を楽にしてくれるものなのだなあ?とあらためて思うのです。
あなたの中にもそういった 思い込みや、
なんか 変な感じというものを感じていらっしゃるのならば、一度お話を伺わせてくださいね。
もしかしたら
今よりもうちょっと 楽に生きていける
ヒントを見つけることが出来るかも知れませんよね。

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